●この記事のポイント
・日本企業で非公開化が過去最多ペースとなる中、MBOが「防衛策」ではなく買収合戦の引き金になる事例が増えている。マンダムを巡るCVC、旧村上ファンド、KKRの攻防は、その象徴だ。
・マンダムのMBOは、安値提示がアクティビストと海外PEを呼び込み、結果的に買収価格を60%超も押し上げた。MBOが「自社株は割安」というシグナルになる構造的リスクを浮き彫りにする。
・非公開化はもはや「逃げ道」ではない。企業には圧倒的な価格提示か、事前合意を尽くした高度な戦略が求められる時代へ。マンダムの行方は、日本型ガバナンスの試金石となる。
かつて「上場」は企業のゴールであり、社会的なステータスだった。しかし今、日本企業の間で「非公開化」を選択する動きが、かつてない勢いで広がっている。
東京証券取引所の公表データなどによれば、2025年上半期(1〜6月)の非上場化件数は過去最多水準に達した。もはや非公開化は、経営不振企業だけの選択肢ではない。
2024年にはローソン、ベネッセホールディングス、大正製薬ホールディングス、永谷園ホールディングスといったナショナルクライアントが相次いで市場を去った。2025年にも、豊田自動織機、富士ソフト、カオナビ、ティーガイアなど、むしろ業績・成長性に問題のない企業が非公開化へと舵を切っている。
●目次
- なぜ今、「上場廃止」が加速するのか
- マンダムを襲った「MBOの落とし穴」
- 「安値MBO」が招くフィデューシャリー・デューティの罠
- MBOプレミアムは「30%時代」から「50%超時代」へ
- 非公開化は「逃げ場」ではない
なぜ今、「上場廃止」が加速するのか
背景には複数の構造要因が重なっている。
・上場維持コストの増大
ガバナンス・コード強化に伴う人的・金銭的コスト
・短期主義からの脱却
四半期決算に縛られず、中長期改革を進めたいという経営判断
・東証改革の圧力
「PBR1倍割れ」是正など、株主還元要求の高まり
・PEファンドの成熟
巨額資金を持つPEが「敵」ではなく「パートナー」になった
だが、この「安全地帯」への移行が、逆に企業を最も危険な状況に追い込むケースが出始めている。その象徴が、化粧品大手マンダムを巡る攻防だ。
マンダムを襲った「MBOの落とし穴」
2025年、マンダムは欧州系PEファンドのCVCキャピタル・パートナーズと組み、1株1,960円でのMBO(経営陣による買収)による非公開化を発表した。この発表が、市場に「強烈なシグナル」を送ることになる。
まず反発したのは、シンガポールの投資ファンド、ひびき・パース・アドバイザーズだ。「買収価格が不当に低い」と、公然と反対を表明した。
さらに、旧村上ファンド系グループがマンダム株の17.6%超を急速に取得していたことが判明。株主構成は一気に緊張状態に入った。
CVC側は事態の沈静化を図るため、旧村上ファンド側と1株2,520円での応募契約を締結。プレミアムを大幅に引き上げ、非公開化は成立に向かうかに見えた。
しかし、ここで“本命”が現れる。米KKRが、さらに高値となる2,800円超での買収提案を示したのだ。
MBOという防衛策は、皮肉にも「マンダムは今、割安で買える」という世界向けの広告になってしまった。
「安値MBO」が招くフィデューシャリー・デューティの罠
なぜMBOは、逆に買収リスクを高めたのか。この点について、企業法務に詳しい弁護士は次のように指摘する。
「MBOは経営陣が“自社株は割安だ”と市場に宣言する行為です。第三者が『それなら、もっと高く買う』と名乗りを上げる余地を自ら作ってしまう」
さらに重くのしかかるのが、受託者責任(フィデューシャリー・デューティ)だ。
「取締役には株主価値最大化義務があります。より高い買収提案が現れた場合、それを無視すれば、経営陣は法的リスクを負いかねません」(同)
加えて、MBOはアクティビストにとって格好の「出口」になる。
「出来高の少ない銘柄でも、MBOが出れば必ず“買い手”が現れる。旧村上ファンド系にとっては、ほぼ確実なイグジット機会です」(金融アナリストの川﨑一幸氏)
MBOプレミアムは「30%時代」から「50%超時代」へ
近年のMBO・非公開化事例を見ても、価格競争の激化は明らかだ。
・富士ソフト:プレミアム約20% → KKR・ベインの争奪戦に発展
・大正製薬HD:プレミアム約50% → 高値提示で早期決着
・マンダム:当初約17% → 結果的に60%超水準へ
もはや「そこそこの上乗せ」では、市場も株主も納得しない。
非公開化は「逃げ場」ではない
マンダムの事例は、日本型MBOの前提条件が根底から変わったことを示している。
非公開化は、煩雑な株主対応から逃げるための「防衛策」ではない。巨額のプレミアムを支払ってでも変革を遂行する、極めて攻撃的な経営判断になりつつある。
今後、日本企業が上場廃止を選ぶなら、求められるのは二択だ。
・市場を沈黙させるほどの「圧倒的な価格提示」
・主要株主と事前に詰め切った、極めて緻密な合意形成
「上場をやめる」という決断そのものが、これからは最大の経営リスクになる。マンダムの行方は、日本企業のガバナンスが次の段階に進めるのかを占う、重要な試金石となりそうだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)