「丸の内」と「八重洲」、隣り合う街で地価も景色も違うワケ – ニュースな本
都市は開発が進むほど区画が細かく分かれ、昔の名残は失われていく。しかし、東京のど真ん中には、江戸時代の大名屋敷の巨大区画がいまも形を変えずに残っている。超一等地にもかかわらず、なぜ150年以上も手付かずなのか。その背後には、大都市ならではの裏事情があった。※本稿は、一橋大学イノベーション研究センター教授の中島賢太郎、同志社大学経済学部教授の手島健介、京都大学大学院経済学研究科准教授の山崎潤一『歩いて学ぶ都市経済学』(日本評論社)の一部を抜粋・編集したものです。