東京証券取引所(「Wikipedia」より/Kakidai)
「『会社四季報』を持ち歩くのが面倒になった」
旧知のシニア投資家(70代)から聞いた話である。企業や業界の情報収集のために図書館に出向く際には、保有銘柄を複写したものを持っていくそうだ。
なるほど近年の『会社四季報』(東洋経済新報社)は鞄に入れて持ち歩くには、いささか抵抗を覚える。試みに古い「四季報」を取り出してみて、そのコンパクトさに驚いた。1986年新春号の厚さは3センチしかない。これに対して直近は4.5センチ。ちなみにバブル全盛期の1989年秋季号でも3.5センチだった。
上場企業の代表的な辞書である「四季報」の膨張は、掲載する社数、上場企業の増加を示している。一見するとそれだけ日本経済が成長を遂げた、また産業、企業が発展、拡充したように映るが、慶事とばかりはいえないようだ。
昨年末から市場の話題をさらっている東京証券取引所の制度変更、すなわち東証1部上場企業の絞り込み、新基準創設の検討は、上場企業数の増加が必ずしも内容の充実にはつながっておらず、むしろ玉石混交に陥っていることを示している。ここに来て報道は一巡しているが、東証を運営する日本取引所グループに、現状及び今後の方針について尋ねてみた。
「制度変更のタイムスケジュールは決まっていない。現在は方向性を検討している段階であり、方向性が見えてきたところで具体的にどうしていくかの段階になる。市場に大きな影響を及ぼすことなので、オープンな場で論議を深めて慎重に進めていく。報道が若干先行しているようだが、突然制度が変更されるようなことはあり得ない」(上場部企画グループ)
要するに、まだ外堀を埋める準備をしているあたりか。コメントの中にもあるように、主要な指標に深く関係する制度変更が、市場に大きな影響を及ぼすことは、日経新聞による225採用銘柄の入れ替えが誘発した暴落からも明らかだ。拙速を避けて、すり足で事を進めるのは妥当なところだろう。
だが、上場企業や証券会社など身内の事情を優先して、あまりにも緩い基準で妥協するのならば、現在でも西日を浴びつつある東証ブランドを一層低下させることになる。
「番外地」
改めて東証1部上場企業を調べてみると、頂点と位置づけられる市場に、株式を公開していること自体が不思議と思われるような銘柄は多い。
頻繁に業態を変更して実態が把握できない、苦し紛れとしか思えない増資を乱発する、慢性的な業績不振によって2桁の株価水準が定位置になっているものもある。わけても市場関係者からも「番外地」と揶揄されるような時価総額の底辺グループを形成する企業は、ベテラン投資家でも社名すら認知していないような会社が多い。このあたりはヤフーファイナンスなど各種の株式サイトで、時価総額の下位ランキングを検索すれば、実感できるのではないか。
時価総額もさることながら、存在意義さえ疑われるのは、こうした銘柄群の市場性(売買数量)の低さであろう。過去1カ月を見ても、1日の平均出来高が1万株に満たないものが相当数ある。投資経験がある方ならば理解できるであろうが、この程度の出来高では普通に取引を行うことさえ難しい。指し値注文をすれば約定はできず、成り行き注文では想定外の高値、安値で約定してしまう危険性が高くなるからだ。
さらに問題であるのは、商いの薄さを利用した株価操縦が可能なことだろう。一定の売買テクニックを有していれば、思うままに株価を操ることは難しくないはずだ。株価自体も低位なものが多いから、投資資金もそう多くはいらない。現状のまま放置をすれば、松谷天一坊(明治から大正にかけて暗躍した投機家。私設証券取引所を開設したことで知られる)もどきが蝟集することにも、つながりかねないだろう。
(文=島野清志/評論家)
【東証1部上場で1日平均出来高1万株未満の銘柄】
中国工業(5974)、小林洋行(8742)、日本鋳鉄管(5612)、ミサワ(3169)、一蔵(6186)、神栄(3004)、ヤマシタヘルスケアHD(9265)、田谷(4679)、秀英予備校(4678)、東天紅(8181)、藤久(9966)、ブラス(2424)、NCHD(6236)、盟和産業(7284)、ティーライフ(3172)、東海染工(3577)、中広(2139)、サンリツ(9366)、イーグランド(3294)、サイネックス(2376)
※調査対象は東証1部時価総額下位50銘柄。出来高は3月26日から4月25日まで。ヤフーファイナンスより引用。
