『初恋の悪魔』は坂元裕二にしか書けない刑事ドラマ、多重人格女性の気になる結末

 土10(日本テレビ系土曜夜10時枠)で放送されている『初恋の悪魔』は、異色の刑事ドラマだ。

 物語は神奈川県警堺川警察署の総務課職員・馬淵悠日(仲野太賀)、会計課職員・小鳥琉夏(柄本佑)、生活安全課の刑事・摘木星砂(松岡茉優)、そして休職中の刑事課の刑事・鹿浜鈴之介(林遣都)の4人が、鹿浜の家で捜査権のない事件について自宅捜査会議を行い、事件の真相について“考察”する様子が、一話完結で描かれていく。

 同時に展開されるのが、馬淵悠日の兄・朝陽(毎熊克哉)が捜査中に転落死した事件の謎だ。朝陽の死は事故死として処理されたが、朝陽の友人だった堺川署の署長・雪松鳴人(伊藤英明)は朝陽のスマホが紛失していたため、朝陽は署内の誰かに殺されたのではないかと思い、兄の死の真相について調べるよう馬淵に命令していた。

 脚本は坂元裕二。『カルテット』(TBS系)や『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)等の作品で知られている坂元裕二の脚本は、軽妙で奥深い会話劇と、まったく予想ができないストーリー展開が高い評価を得ており、ドラマファンからは熱狂的に支持されている。

 チーフ演出の水田伸生とプロデューサーの次屋尚は、日本テレビで『Mother』『Woman』『anone』といった坂元裕二のドラマを手がけてきたコンビ。そのため、放送前から本作の期待は高まっていたのだ。

 しかし、『初恋の悪魔』は一話完結の刑事ドラマという、これまでの坂元裕二作品とは違うジャンルだったため、ファンからは戸惑いを持って受け止められた。

 一方、刑事ドラマを求める視聴者にとっては、馬淵たち4人が事件の被害者や加害者と直接やりとりする刑事ドラマならではの見せ場が描かれないため、盛り上がりに欠ける作品と映っていた。

 つまり序盤は、坂元裕二ファンにとっても刑事ドラマファンにとっても居心地の悪い作品となっていた。

 また、本作には「考察」という言葉が頻繁に登場する。『あなたの番です』(日本テレビ系)以降、テレビドラマでは散りばめられた事件の謎を視聴者が考察して犯人探しを楽しむ“考察ドラマ”が盛り上がっている。

『初恋の悪魔』も朝陽の殉職の謎を筆頭に、さまざまな謎が散りばめられているのだが、事件を通して描かれるのは「第三者の身勝手な“考察”がいかに暴力的で、当事者を傷つけるか」という批判的視点だ。その意味で、本作は“考察”自体を批評的に描いた考察ドラマだと言える。

 こういった批評的な視点が、ドラマとしての盛り上がりを削いでいたため、視聴者の多くは序盤に脱落し、視聴率の面ではだいぶ苦戦している。

 だが、物語が中盤に入り、馬淵たち4人の人間関係が複雑なものに変わっていくと、坂元裕二ファンが期待する人間ドラマとしてのおもしろさが増していった。

 そして、朝陽の殉職の背後にある大きな事件が見えてくると、考察ドラマファンの注目も集まるようになり、話数を重ねるにつれて視聴者の盛り上がりは高まってきている。

摘木星砂と“ヘビ女”という多重人格

 自宅捜査会議を繰り返す中で、馬淵と摘木の間には恋愛感情が芽生え、やがて同棲することになる。しかし、摘木星砂の中には“ヘビ女”と呼ばれる別の人格が存在することが判明し、朝陽のスマホを奪ったのも彼女だったとわかる。

 ヘビ女は、男子高校生の殺人犯として服役している淡野リサ(満島ひかり)の冤罪を晴らすため、事件について調べていた。

 一方、元弁護士の小説家・森園真澄(安田顕)は、国選弁護人として関わったホームレス・矢澤栄太郎(三島ゆたか)による中学生刺殺事件について調べていた。刃物でめった刺しにされた後、靴を脱がされた遺体の状態が、淡野リサの事件と類似していたことから、二つの事件は同一犯によるもので矢澤と淡野は冤罪だったのではないかと考察する鹿浜たち。そこに、同一犯による犯行だと思われる男子大学生刺殺事件が起こる。

 物語は、三つの事件の犯人は雪松署長ではないかという方向で進んでいる。

 同時に注目を集めているのが、二つの人格が宿る摘木星砂と馬淵と鹿浜の三角関係だ。ヘビ女の人格が現れたことで摘木星砂の人格は消えてしまう。馬淵は星砂の人格が元に戻ることを求め、ヘビ女との間に絆が生まれた鹿浜は、どうすれば彼女の人格が消えずに済むのかと思い悩む。

 サイコサスペンスで使い古された「多重人格」を、シリアルキラーの犯人としてではなく、生きづらさを抱えた二つの弱々しい内面として描いたことが、本作の新しさだろう。

 何より、多重人格の女性を間に挟んだメロドラマは、『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)を筆頭とする恋愛ドラマの傑作を手がけてきた坂元裕二ならではの展開である。

 連続刺殺事件の行方も気になるが、摘木星砂の二つの人格がどのような結末を迎えるのかが、本作最大の見どころだろう。

 当初は刑事ドラマという枠組みと作家としての資質が噛み合っていないのではと不安だったが、これはまさに坂元裕二にしか書けない刑事ドラマである。