『石子と羽男』模範解答と言えるドラマが描く、人間の中にある無自覚な悪意の暴走

 金曜ドラマ(TBS系夜10時枠)で放送されている『石子と羽男―そんなコトで訴えます?―』は、高卒の弁護士と東大卒のパラリーガルが主人公の一話完結ドラマだ。

 真面目で頭が固い“石子”こと石田硝子(有村架純)は父親の弁護士・潮綿郎(さだまさし)の経営する潮法律事務所でパラリーガルとして働いている。一方、“羽男”こと羽根岡佳男(中村倫也)は、見たものを瞬時に記憶する「フォトグラフィックメモリー」の持ち主だ。しかし、弁護士としての腕は未熟で、予想外のことが起きるとうまく対応できない。

 そんな正反対の性格の2人が組んで難事件を解決していく姿が、本作の見どころだ。

 扱われる事件は、カフェで携帯を充電(窃盗罪)、小学生がゲームで29万円課金(未成年者取消権)、映画違法アップロードで逮捕(著作権法違反)、電動キックボードでひき逃げ(救護義務違反)、隣人とのトラブル(相隣紛争)といった身近な案件が多い。

 弁護士が主人公のドラマは、国や企業のからんだ政治的な事件や、殺人事件のような大きな社会問題が扱われることが多い。しかし、『石子と羽男』は一般視聴者にとっても身近で いつ自分が当事者になってもおかしくない小さな事件を扱っているので、作品世界に入りやすい。

 脚本を担当する西田征史は、ドラマ、映画、アニメといったさまざまなジャンルで活躍している脚本家で、テレビドラマでは『妖怪人間ベム』(日本テレビ系)や連続テレビ小説『とと姉ちゃん』(NHK)の脚本で知られている。お笑い芸人出身の西田はコミカルな会話劇を得意としており、アニメ『TIGER&BUNNY』のようなバディモノを書かせたときに最も力を発揮する。『石子と羽男』も石子と羽男の掛け合いが魅力的で、各登場人物の会話劇だけでも楽しめる。

 一方、プロデューサーの新井順子とチーフ演出の塚原あゆ子は、今のTBSで最も勢いのあるドラマを作っている名コンビ。野木亜紀子脚本の『アンナチュラル』や『MIU404』、最近では『最愛』といった2人が手がけるドラマは、社会性のある重厚なテーマを幅広い視聴者が楽しめる娯楽作に落とし込む手腕が高く評価されている。

『石子と羽男』の中で描かれている事件も、一つひとつはたわいのないものに思えるのだが、掘り下げていくと深刻な社会問題とつながっている。同時に本作は、法律は適切に使用すれば弱者を守る武器になり得るのだ、ということを繰り返し描いている啓蒙的な作品だ。

 劇中で語られるメッセージは至極真っ当で、説教臭く感じることも少なくない。だが、この「正しさ」こそが今の視聴者に求められているという強い確信が、新井順子と塚原あゆ子にはあるのだろう。

ファスト映画で苦い結末を見せた第3話

 その意味で、良くも悪くも模範解答といえるドラマだ。だが時々、模範解答を大きく逸脱する場面が本作にはにじみ出る。それが最も強く出ていたのが、ファスト映画を題材にした第3話だろう。

 大学生の山田遼平(井之脇海)は、映画を短く編集したファスト動画を違法アップロードしたことで、制作会社から訴えられる。国選弁護の依頼を受けた羽男は彼を弁護することになるのだが、山田遼平は自分のやったことの何が悪いのかわからない、と開き直る。

 一方、自身の映画をファスト映画にされた映画監督・山田恭兵(でんでん)は、この事件をきっかけに風評被害に巻き込まれる。10年ぶりの新作映画の客入りも悪く、その新作映画も何者かによってファスト映画として違法アップロードされてしまう。

 もともと、山田遼平は山田監督のファンで、ファスト映画として違法アップロードしたのも、より多くの人に映画を知ってもらいたかったからだ。羽男は、ファスト映画化された山田監督の新作映画を山田遼平に見せる。そこでやっと、自分はひどいことをしたと、彼は反省する。

 判決を言い渡された山田遼平は「もし許されるなら、また映画に携わって生きていきたいです」と言い、裁判が終わった後、山田監督に土下座する。しかし、山田監督は、自分はもう映画が撮れないかもしれないと説明した後、「未熟で申し訳ない。どんなに謝罪をされても受け入れることはできません」と言って、山田遼平を拒絶する。

 同じ映像作品の作り手として、ドラマスタッフがファスト映画を許せないことが痛いほど伝わる苦い結末である。

 タイトルに「そんなコトで訴えます?」とある通り、本作では無自覚に行った行為が罪として訴えられてしまうという展開が多い。そのトラブルは羽男と石子の活躍によって解決されるのだが、この第3話は問題解決だけで終わらず「無自覚な行為なら罪は許されるのか?」「反省すれば許されるのか?」という難しい領域に足を踏み入れている。

 第2話では「親ガチャ」を理由に自分の犯罪を正当化する人間が登場したが、人間の中にある無自覚な悪意の暴走を描くと、西田の脚本はより輝く。

 これから物語は後半戦となるが、この無自覚な悪意の問題をさらに突き詰めたエピソードが登場することを期待している。