介護を科学する、その科学とは
科学は何も新しさを追求するものでない。
科学は古くても新しくても真理を追求するところに価値がある。
真理とは何か?
真理は、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤りなく認識されたことのあり方である。
露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、あらわである。
側面的に見ると、誰の目にも明らかということで、個人によってその性質は変化しない。
福祉もそうした側面を重視しなければならないと私は信じている。
福祉は他人を今よりも幸せにするというところに意義がある。
他人の幸せを考えた場合、何を持って幸せとするかは個人の偏った価値観ではかってはならないのだ。
できる限り誰の目にも明らかでなければならない。
対象とする人達の多くは、自分で判断できない場合が多い。だから尚更、多くの目で検証し、何を持ってその人の幸せかを判断しなければならないであろう。
それが科学的介護を実践する前提になるのではなかろうか。
そのことを対象者に関わる全ての人間が理解しなければならない。
何をもって幸せとするかは、絶対一人で決めてはならない、それがたとえ園長であっても、医者であっても、はたまた家族であっても。
世の中には「社会的妥当性(social validity)」という便利な言葉がある。これは大雑把に言って、応用行動分析研究で実施される対象者への介入方法が社会的に容認されるかについて、介入によって実際に利益を受けるメンバーに評価させようという考えである。
「利益を受けるメンバー」とは、この場合、本人、家族、施設職員ということになる
ここまで読んだ皆さんは、「すでにケースの対応方法は皆で話し合って決定している。今更そんなこと言われなくても。」とか、思うかもしれない。
今まで20数年間何度も聞いてきたセリフだ。私の言う「社会的妥当性(social validity)」とは、行動分析研究において行われることであり、そもそも行動分析が何かを熟知していない方々にそんなトンチンカンなこと言われる筋合いのないことなのだ。
科学的介護を実践する
科学的介護を実直に実行している施設は、多分あなたの経験と知識の中では皆無だと思う。
書籍や論文になっているいわゆる文献も極めて数少ない。
ネット上でタダで転がっている情報となると有用なそれは皆無である。
『科学的介護』で検索すると、厚生労働省主導のもと「CHASE]システムの開発記事が真っ先に検索されるが、さすが厚生労働省のお役人さんの発想らしい。現場を混乱させるだけの机上の空論で単なる予算消化の何者でも無い。
厚生労働省のお役人も、利権を狙うシステム開発会社も社会福祉や介護の現場を全く知らないのだ。そんな輩がいくらより集まろうと私たちの根本解決にはならないことぐらい容易に想像できる。
そのほかは、AI技術の導入や機械化の話のみである。やはり私たちの技術の根本解決とはならない。
それはなぜなのだろうか?
私は、社会福祉の業界に優秀な科学者がいないためで、いたとしても他の科学と福祉を結びつけるだけの経験値が少なすぎるのも原因の一つであると思っている。
なぜ私が介護と科学を融合させることができたのか?
私は、大学院時代を茨城県南部の国立T大学の教育研究科で4年間過ごしている。その間に培ったことが介護を科学化することに関し有意義だったと言える。
読者の皆さんはそもそも「教育が科学なのか?」というう疑問を持たれる方も少なくないと思うが、断言できるが、教育の一部は完全に科学なのだ。特に私の研究分野であった教育心理学は。
読者の皆さんはそもそも「心理学は科学なのか?」という疑問を持たれる方もいるだろう。心理学の最先端は完全に科学なのだ。
例えば、心理学をイメージするとき、日本人の多くはフロイトやユングの精神分析などを思い浮かべる人が大半だ。しかし現代心理学において、潜在意識などほぼオカルトの世界だ。認知行動主義心理学はフロイトやユングのそれとは全く違うパラダイムを展開し、人工知能などにも応用されている。
例えば日本人の多くは、ダーウィンの進化論を固く信じて疑わない。人間は猿から進化したといまだに思っている。それ以外の説は異端だ。
例えば日本語の文字の起源は中国大陸から輸入された漢字であると信じて疑わない。それ以前に日本独自の文字が存在したなどの説は異端だ。
例えば、今義務教育で教えられる歴史の多くは嘘だ。そして、重要なことは教えない。嘘を教え重要なことを教えない方が都合が良いのだ。
もちろん介護業界も高齢者福祉の世界も同じことが言える。
26年間老人ホームのトップとして、業界団体の役員として、行政の仕事をよく見れる立場として、思うことは、老人ホームの園長や理事長には、重要な情報はなに一つ伝わっていない。
老人ホーム運営で重要なこと
老人ホームの日々の運営の中で重要なことは何か?
それは、対象となる方達、つまりお年寄りが、私たちの介入によって、介入以前より幸せになれたかである。
あなたの施設の職員が、あなたの施設の介入によって、介入以前より介護や福祉に対し、より深い理解と技術を獲得できたかである。
この2点が最重要なのだ。
この2点さえ真剣に追い求めれば、あなたは地域でいちばんの老人ホームの園長になれる。
もちろん集客も施設や法人としての売り上げも思いのままだ。
そしてその方法は、すでに考案され科学化されている。
にも関わらず、多く老人ホームの経営者はそれに気づかず、余計などうでもいい情報に飛びつき、真実を真実として受け入れられない。
そろそろ「何かおかしい」と気づきませんか?
多くの人が思っている。
老人ホームの職員は、真面目な働き者ほどすぐ離職してしまう。
老人ホームの職員は、働けば働くほどやる気がなくなっていく。
老人ホームに入所すれば幸せになれない。
老人ホームには仕方なく入所する。
老人ホームでは人間の尊厳が守られない。
老人ホームの認知症の利用者は差別や虐待を受け人権さえ無視される。
なぜそんなことが起こっているのか?
それは間違っているからだ! おかしいからだ!
もし私が嘘つきだとおっしゃるのであれば、考えていただきたい。
良好な職員間の人間関係を形成するための施策を本気で考え実行したことがあるか。
職員同士がお互いの人権を守るための施策や、職員間のいじめの防止のための施策を本気で実行したことがあるか。
自分の施設の職員に福祉について語ったことがあるか。
自分の施設の職員に人権について語ったことがあるか。
煩雑な仕事を合理的に行うために職員の意思統一を図る施策を実行したことがあるか。
個々の利用者の状態に適切に統一的に接遇できる方法論を自分の施設の職員の全てが理解しているのか。
これらを怠れば、いがみあい、いじめあいが日常化した使命感もやる気もない職員集団と、そうした職員に処遇される不幸な高齢者集団の寄せ集め老人ホームになるであろう。
これらが充足しなければ良い施設は生まれない。それは私は経験済みだ。
嘘つき呼ばわりしたい方には残念だが、すでに実証済みだ。事実なのだ。
そして全てを解決する方法に関しても熟知しているつもりだ。もちろん科学的にである。
そしてもう一つ確かな事実は、これらを解決する方法の導入こそ、職員にとって一番理解しやすく合理的でスキルの向上が望め、仕事量としても一番楽な方法なのである。もちろん利用者にとっても快適な老人ホームとなるのだ。
これが事実だ!
やる気のある職員にとって、この状態が仕事の量としても一番楽な状態なのだ。
多くの老人ホームの管理者はこの事実を知らない。
本物の福祉のススメ!
せっかく福祉施設の園長にになったのだから、本物の福祉施設を作ってみませんか?
福祉について、人権について、しっかり物の言える園長になってみませんか?
園長として手応えのある仕事、手応えのある職員教育に取り組んでみませんか?
私は26年間それに取り組んできました。
この道だけが、理想的な老人ホームを作る道であり、最も楽な運営方法なのです。
あなたは私の失敗を自分の体験とし、最短で使命感のある職員が集う理想的な老人ホームを作ることができるのです。
私が全力で支援いたします!
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