去る5月29日、競馬ファンにとって最大の祭典ともいえるG1レース・第89回日本ダービー(正式名=東京優駿)が行われた。見事に勝利したのは武豊騎手騎乗の3番人気馬・ドウデュースで、2019年に生産された3歳馬のサラブレッド7522頭の頂点に立った。
歴代のダービー馬からはディープインパクトやコントレイルなど、のちに無敗の3冠馬に輝いたような名馬が多数輩出されているが、その一方で、ダービー制覇がピークだった馬もチラホラといる。そこで今回は、21世紀以降の歴代ダービー馬のなかから、ダービーで燃え尽きてしまった“悲運の馬たち”を紹介したい。
1頭目は、2002年のタニノギムレットである。デビューから5戦4勝・2着1回の好成績でクラシック3冠の最初となる皐月賞(G1)を迎えたが、単勝1番人気に応えられず3着。続くNHKマイルカップ(G1)でも道中の不利に泣かされて、断然の1番人気を裏切る3着に終わってしまう。
2戦続けての惜敗に、3度目の正直を誓って迎えたダービー。ここでも単勝2.6倍の1番人気に推されることになる。レースでは2戦続けて不発に終わったものの、鞍上の武豊騎手は馬を信頼して、ここでも後方待機の戦法を選択。すると、最後の直線坂下から末脚を繰り出して、前を走る3番人気のシンボリクリスエスを差し切り、見事に1着でゴール。武豊騎手は1998、99年と合わせ、史上初のダービー3勝ジョッキーとなったのである。
だが、ダービー馬に輝いたこのレースが、タニノギムレットにとって現役最後のレースとなってしまった。ダービー後、秋に行われる3冠レースの最後・菊花賞(G1)を目指し調整に入っていたが、同年9月に左前浅屈腱炎を発症。全治6カ月と診断されたため、秋シーズンの出走を断念することになった。
その後、関係者らの協議により、復帰への道のりが険しいことなどから現役を引退、種牡馬となったのである。通算成績は8戦5勝・2着1回・3着2回で、すべて馬券の対象。デビューからわずか1年2カ月。あまりにも短い現役生活であった。
ダービーが最後のレースとなったロジャーバローズ
タニノギムレット同様、ダービーが最後のレースとなってしまった馬がもう1頭いる。2019年の勝ち馬・ロジャーバローズだ。デビューから5戦2勝・2着2回・着外1回という成績でダービーへ。迎えた本番では、同厩舎でデビューから無敗の皐月賞馬・サートゥルナーリアが、単勝1.6倍と断然の1番人気。その一方で、ロジャーバローズは単勝93.1倍・12番人気の伏兵扱いであった。
ところが、いざ本番を迎えると、サートゥルナーリアがスタートに失敗し、後方からの競馬になった。先頭に立ったのは6番人気のリオンリオンで前半の1000mを57秒8のペースで逃げ、ロジャーバローズは離れた2番手をマイペースで追走。迎えた最後の直線で、残り400mでリオンリオンをかわし、早めに先頭に立った。その後ろから3番人気のダノンキングリーが差を詰め、勝負はこの2頭の激しい叩き合いに。最後は並んだまま、ほぼ同時にゴールする形となったが、写真判定の結果、クビ差でしのいだロジャーパローズに軍配が上がったのである。
鞍上の浜中俊騎手は、6回目の挑戦で栄光のダービージョッキーに輝いた。同時に単勝2桁人気馬の勝利は、1966年のテイトオー以来53年ぶり5回目で、さらに重賞未勝利馬のダービー制覇も96年のフサイチコンコルド以来23年ぶりという珍事が起きたのだった。
そしてダービー制覇後の6月1日には凱旋門賞(フランス・パリロンシャン競馬場・10月6日)への挑戦が決定。本番に向けた調整がなされていたが、8月6日、エコー検査で右前浅屈腱炎を発症していることが判明したため、同日のうちに現役引退および種牡馬入りが発表された。通算成績は6戦3勝・2着2回・着外1回。
平成最後のダービー馬ワグネリアン
この2頭以上に“悲運”という言葉で語りたいのが2018年、平成最後のダービー馬となったワグネリアンだ。前年のデビューから皐月賞トライアルの弥生賞まで4戦3勝・2着1回。ただ、皐月賞では鞍上の福永祐一ジョッキーの強引な騎乗もあって、1番人気を大きく裏切る7着に沈んでしまう。
初めて掲示板を外しての敗戦だったことに加え、ダービーでの枠順が不利とされる外の8枠17番だったことから、ダービー当日の単勝オッズは12.5倍の5番人気に留まってしまった。だが、ゲートが開くと外枠から五分のスタートを切り、それまでの中団待機ではなく、先行策を敢行して4番手の位置につける。
先頭を走るのは皐月賞馬エポカドーロで、前半1000mは60.8秒。先行勢が逃げ粘れるようなスローペースになっていた。それを察した福永騎手は、最終コーナーで前を行くコズミックフォースに並びかける形で先頭を走るエポカドーロを追走。思惑通り、直線では後方待機組の出番はなく、先頭争いは先行勢に絞られた。
残り200mでの3頭の争いから、まずコズミックフォースが脱落し、残り100mで逃げるエポカドーロと迫るワグネリアンの一騎打ちに。さらに残り50mでワグネリアンが末脚を発揮。粘るエポカドーロを差し切って半馬身差で勝利したのだった。勝利騎手となった福永は、2000年代から第一線で活躍し、何度となく有力馬に跨る機会がありながら、ダービーは18戦18敗。19回目の挑戦でようやく悲願のダービー戴冠を果たしたのである。
夏の休息後、秋は最後のクラシックとなる菊花賞のトライアル、神戸新聞杯(G2)から始動。そのレースにはエポカドーロも参戦し、皐月賞馬とダービー馬の対決が実現した。1番人気はエポカドーロに譲ったものの、レースは中団から抜け出し、残り50mで先頭に立ったワグネリアンがそのままゴール。だが、これが競走馬人生で最後の勝利となってしまうのである。
このレースの勝利後、疲労回復に手間取ったこともあり、陣営は年内全休を決断。年が明けて4歳、古馬になってから引退までの約3年間、10戦に出走し、うち5戦は入着したものの、1度も勝利することはできなかった。最後のレースとなった2021年のジャパンカップ(G1)は最下位の18着に終わっている。
そしてこの敗退後、肝臓に異常が見つかり、22年1月5日に多臓器不全のため落命してしまう。クラシック最高峰の日本ダービー優勝馬が引退することなく、その生涯を終えたのは史上5頭目のこと。平成以降の優勝馬としては初の事例で、あまりにも哀しい最期であった。通算成績17戦5勝・2着1回・3着2回・着外5回。
ダービー後は勝利に見放された馬たち
ほかにダービー後、わずか1勝に終わった馬を挙げると、08年の勝ち馬・ディープスカイ、14年の勝ち馬・ワンアンドオンリーがいる。ただ、前者はダービー後に挑んだG1で2着2回・3着2回、G2で1着1回・2着1回と好走しているのに対し、後者はダービー後に24戦して、わずか1勝、3着が1回のみ。着外に至っては20回にも及んでしまった。6歳時の17年のジャパンカップ(16着)を最後に引退している。
ダービー以降も現役生活を続けたものの、1勝もできなかった馬もいる。まずは11年の勝ち馬・ディープブリランテだ。ダービー後、陣営はキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(イギリス・アスコット競馬場・7月21日)への挑戦を表明。同競走では前年の優勝馬であるナサニエルを筆頭に実力馬10頭が集結するなか、中団でレースを進めたものの直線で伸びを欠き、8着に終わってしまった。
そしてこれが同馬にとって現役最後のレースとなってしまう。帰国後、3冠最後の菊花賞に向けて調整していたが、10月下旬に右前脚に屈腱炎を発症していることが判明。当初は翌年秋での復帰を目指したものの、結局そのまま引退・種牡馬入りすることとなったのである。通算成績は7戦3勝・2着2回・3着1回・着外1回。
ダービー後、わずか1戦に終わったディープブリランテに対し、古馬になって勝ち星から遠ざかってしまったのが、09年の勝ち馬・ロジユニヴァースだ。ダービー後は夏の放牧を経て、秋シーズンを目指すハズだったが、調整遅れに加え、左後脚の筋肉痛が判明し、年内の出走を断念。
4歳になって以降も、後脚の不安から休養を繰り返し、出走レースはわずか4戦に留まった。うち2着が最高で6着、13着、14着と不振を極める。特に2年ぶりの復帰レースでは、ブービーにも大差をつけられての最下位敗退となり、再び1年半以上戦線を離脱。そのまま復帰することなく、7歳の秋に引退することになった。通算成績は10戦5勝・2着1回・着外4回。
最後に、16年の勝ち馬・マカヒキにも触れておきたい。9歳になった今でも現役なのだ。ダービー後は22戦しているが、勝ったのはわずか2回。ダービー直後に挑戦した16年のニエル賞(フランス・パリロンシャン競馬場・9月11日)と、21年の京都大賞典(G2)である。この間、実に中5年28日。これは、G1馬では史上最長ブランク勝利となっている。
果たして今年のダービー馬・ドウデュースの今後はどうなるのか。マカヒキ、ワグネリアンと同じ友道康夫厩舎であることが気になる点だ。
(文=上杉純也/フリーライター)