三和交通の「忍者でタクシー」
6月にサービスの提供が開始された「忍者でタクシー」「SP風TAXI」が注目されている。運転手が忍者やSPに扮し、目的地まで送り届けてくれるという同サービスは、主にインターネットを通じて話題を呼び、にわかに人気が高まっているようだ。
サービスを仕掛けているのは、神奈川・東京・埼玉をメインエリアとする三和交通。タクシー業務やハイヤー業務を主に取り扱う会社だが、近年ではユニークな広報活動を展開している。前述のコスプレタクシーだけではなく、エイプリルフールでのジョーク企画や、自社のユーチューブチャンネルを活用した積極的な発信なども行っている。
今回は、そんなユニークな取り組みで話題を集めている三和交通に赴き、取材を行った。広報を担当している眞壁広貴氏、コスプレをして乗務するドライバーの小関正和氏に聞いた話を交え、実際にタクシーに乗車体験した模様をレポートしよう。
忍者になりきるために、伊賀まで行って修行
まずは眞壁氏に、忍者やSPのコスプレタクシーを提供するに至った経緯を聞いた。
「まず、2018年の2月に、ドライバーが黒子の格好で、筆談で会話をする『黒子のタクシー』というサービスをリリースしたところ、海外で人気になりました。また、メディアから取材されることも多かったという経緯があったため、コスプレタクシーのサービス展開を始めたのです。そのなかで、海外のインバウンド向けに、より日本的でわかりやすいサービスを提供しようということで、忍者を選びました。
また、SPに関しては、弊社が8月にリリースした『G7大使館ツアー』という、都内の大使館を巡るツアーがありまして、そのドライバーはSPのほうが雰囲気が出るだろうということで、サービス提供を始めました」(眞壁氏)
サービスを提供して数カ月、狙いであった外国人の利用者は、意外なことに多くないようだ。
「海外の方々へのアプローチが、まだうまくできていないのが原因だと思うのですが、海外のお客様から直接依頼されたことは、まだありません。ですから、利用者層としては日本人のお客様が大半というのが現状です。
依頼内容としては、こうしたメディアでの情報を見て、イベントであるとか、結婚式の二次会、友達へのサプライズとしてコスプレタクシーを利用したい、といったものが多いです。
また、サービスとして比較いたしますと、忍者よりSPのほうが、現在では人気になっています。あるテレビ番組をきっかけに『SP風TAXI』がツイッターで話題になり、その反響がかなり大きく、それから急激に依頼が増えたという経緯があります」(同)
一見、ただコスプレをしているだけのように見えるこれらのサービスだが、実は忍者に関しては特別な研修を行ったという。その研修とは、どのようなものだったのだろうか。
「はじめは格好だけだったのですが、お客様から『もっと振る舞いなどのクオリティーを上げたほうがいい』というご意見を頂きまして、ドライバーを忍者の里である伊賀に送り込みました。滝に打たれたり、手裏剣を投げたり、川を渡ったりという忍者修行を、研修として受けたのです。その模様は弊社のユーチューブチャンネルである三和交通チャンネルで発信しています。
一方、SPは、さすがに警察で教えてもらうというわけにはいかないので、ドラマや映画などのイメージでつくり上げています。基本的に、弊社のSPはサングラスをかけているのですが、実際の日本のSPでサングラスをかけている人はほとんどいないんです。ただ、多くの人がSPと聞いて想像するような、最大公約数のイメージに仕立て上げていったというところですね。もちろん、ドライバー自身がドラマなどを見て仕草を真似するといった工夫も行っています」(同)
「SP風TAXI」
次に、忍者に扮している小関氏に、実際にサービスを提供する際に気をつけていることを聞いた。
「拙者は、テレビや動画などを観て、日々どういった行動をしたら忍者らしいだろうかと考え、模索しながら現場に行っているでござる。拙者が特に気をつけているのは、動きとスピードでござる。トークはなんとか誤魔化せるのでござるが、忍者が遅いとなるとお客様のテンションが下がってしまうでござる。
一方のSPは、常に無表情でいることを心掛けているようでござる。SPがにやけてしまっては、台無しになってしまうでござるからな。また、いかにかっこよく見せるかといったことも考えながら、SPは行動しているでござる」(小関氏)
人材不足を解消するためのブランディング戦略だった
実際に、これらのサービスを体験させてもらった。まずは「忍者でタクシー」。
駐車場で待っていると、黒いタクシーが到着。運転席から颯爽と降りてきた忍者が、乗車をサポートしてくれる。その姿は、背中の刀だけではなく、「くない」まで常備しているという徹底ぶりだ。
しかし、車内に掲示されている運転者証には、スーツ姿(いわゆる普通のドライバー)の小関氏の写真が載っている。なんでも「これをいじると怒られるでござる」とのことだった。とはいえ、細部までつくりこまれた忍者姿は、子どもや外国人なら相当喜ぶだろう。まだ海外からの利用申し込みがほとんどないということが、もったいなく感じられた。
次に、「SP風TAXI」で、実際に路上を走行して最寄りの駅まで送り届けてもらった。乗車時には、黒いスーツに身を包みサングラスをかけたSPに、緑の水鉄砲を片手に護衛してもらえる。友人などと一緒に利用すれば、これだけで盛り上がること間違いなしだろう。
やはり、こちらの運転者証にも小関氏が写っていたが、これは目をつぶらなければならない。運転中の車内でも、こちらの問いかけに和やかに返答してもらい、短い乗車体験だったが、通常のタクシー利用とは異なる高揚感があったのは言うまでもない。
余談だが、メディアからの注目度も高く、この日も別の取材を受けていたとのこと。これから、ますます知名度が上がっていくことが予想でき、ここまで面白いサービスならば、一度体験した人から口コミで評判が広がっていくこともありそうだ。
最後に、こういった風変わりなサービスを提供している意図について、眞壁氏に聞いた。
「もちろん、お客様に楽しんでいただきたいという思いもありますが、実はこういった取り組みは、社員採用のプロモーションという目的が一番大きいのです。現在のタクシー業界は、非常に深刻な人材不足に陥っています。他業界より年齢層が高いということもあって、10年後にはドライバーが約半分になってしまう可能性もあるとの予測も出ているほどです。ですから、業界各社が採用活動に力を入れているなかで、こういった取り組みから弊社のブランディングにつなげ、知名度を向上させていきたいと考えているのです。
タクシードライバーの基本的な業務内容は、どの会社でも大きな違いはないため、他社との差別化が重要になってきます。要するに、タクシー業界に入ろうと思ってくれている人に、『三和交通って聞いたことあるな』と、興味を持っていただくことが狙いなのです。また、こういったサービスをするドライバーをやりたいと志願する方も意外と多くおりまして、採用活動という面でのメリットは当初の想定以上に出ています」(眞壁氏)
つまり、「忍者でタクシー」と「SP風TAXI」は、人材難のタクシー業界において優秀な人材を採用するためのブランディング戦略の一環だったのだ。しかし、サービス発足の目的がどうであれ、エンドユーザーとして利用しても、純粋に楽しめるユニークなサービスであることは間違いない。結婚式や誕生日、そのほかのイベント日などでも、特別な思い出をつくりたいというときに、ぜひ一度利用してみてはいかがだろうか。
(文・取材=後藤拓也/A4studio)



