知り合いの映画プロデューサーが試写会から、わんわんと声を出して号泣してしまったことを聞かされていた。それだけに、こちらも泣く準備を万全に整えて映画館へと挑むことになった。
冒頭まず私の胸に突き刺さったのが、主人公が小説家だったことだ。この時点で、すでに涙腺が緩んでしまったのだった。
小説家という職業はひっくりかえるほど、儲からない。こんなにも儲からないなんて聞いてないよ!と言いたいくらい儲からないのである。近年の文芸作品の衰退は、CDのそれに勝るとも劣らないといえるのではないだろうか。
そのくせ毎日「もう書けない……」とノイローゼになるくらい、書かねばいけないという強迫観念と戦い続けなくてはならないのである。
ときには、自決した文豪の芥川龍之介や太宰治の気持ちがうっすらと理解できてしまいそうになるくらい、ぎりぎりの精神状態に追い込まれるのだが、それでも書き続けなくてはならない。挙げ句、ひたすら地味な空気に包まれ、孤独に苛まれるのだ。見事なくらい華やかさなんてものは存在しない。そこには、物を書くことへの欲求と苦悩という葛藤が生じるのだが、映画『余命10年』という映画に出会い、強く感じたことがあった。それはこの先、いろいろなことがあるだろうが、小説家という職業を誇りに思い続けようと言うことだ。
作品のストーリーは、タイトルから一目瞭然だろう。私は小説を書く上で、いつも勝負したいと思っているのは、突飛な奇跡などではなく、ある程度予想できる起承転結でも読者の心を揺さぶることだ。筋読みができる展開の中、登場人物たちの喜怒哀楽といった機微を取り入れることで、読者をクスッと笑わせて、ホロリと泣かせたいと考えている。そもそも純文学を書く上において、捻りはそこまで必要ではないのではないか。
その王道を行くのが『余命10年』だった。タイトルにもある10年という年月。この先、10年はさまざまなジャンルから、さまざま作品が誕生しても、『余命10年』を超える作品は出てこないのではないだろうか。鑑賞後、そんな想いが去来したのだった。
筆者が激しく感情移入したのは、主人公の設定だけではなかった。最後のテロップ。原作者のかたの名前でー捧ぐーと打ち出されたところだ。
本を世に出すということは、純粋な想いありきである。その想いとは、自己を満足させたいというものではない。誰しもが作品を世に出すときには、誰かに捧げているのだ。
それは、育ててくれた両親かもしれないし、愛した女性や愛する人かもしれない。それを文字として記すか記さないかは別として、書き手は誰もが、その作品が一番届いてほしい相手に捧ぐのである。その人が読んでくれたときのことを想像しながら、ときに挫けそうな心を叱咤激励させながら、ペンを走らせ続ける。経済状況のすこぶる乏しい地味な小説家が、大事な人に想いを伝える術は、それくらいしかないのである。
なんとなく、だった。映画館へと向かう行きしに、公園を通り、そこに咲く桜に手をやった。そんなことを普段することないのだが、自然と桜の花びらに触れてみたくなったのだ。その後、スクリーンに映し出された咲き誇る桜。偶然だったのだが、私の心はその光景に鷲づかみにされていたのだった。
映画を見終わって、余韻が残る中で向かった先は書店であった。どうしても原作となった小説『余命10年』を読みたくなったのだ。映画館から直接書店へと向かわせる作品がどれほど、あるだろうか。
世の中の全てのものに対して永遠ということはない。
最近、大事な死に、私自身も接している。止まることはできないので、こうして原稿を書いているが、隙を見せれば、すぐに哀しさが押し寄せてくる。思い出は記憶に残るから辛いのか。それとも思い出があるからこそ、人は苦しみも哀しみも乗り越えていくことができるのか。まだ、今の私にはその答えは出ていない。
『余命10年』。色褪せることなく、名作として語り継がれていくことは間違いないだろう。
(文=沖田臥竜/作家)
●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。小説『ムショぼけ』(小学館)を原作にした同名ドラマが現在配信中(ドラマ『ムショぼけ』)。最新作『ムショぼけ2』は3月下旬発行予定。調査やコンサルティングを行う企業の経営者の顔を持つ。
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