『カムカムエヴリバディ』が今後の“朝ドラの教科書”になる理由…その功績とは

 連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『カムカムエヴリバディ』(NHK、以下『カムカム』)が4月8日に最終回を迎える。

 本作は3人の女性を主人公にしたリレー形式の朝ドラ。物語は、日本でラジオ放送が始まった1925年に生まれた安子(上白石萌音)から始まり、娘のるい(深津絵里)、孫のひなた(川栄李奈)へと引き継がれていく。

 脚本は、2007~08年に放送された朝ドラ『ちりとてちん』の脚本を手掛けた藤本有紀。

『ちりとてちん』は、コンプレックスが強くて自分に自信が持てないヒロインが、落語と出会ったことで成長していく姿を描いた朝ドラだった。「愛宕山」や「ちりとてちん」といった落語の演目を物語に絡めた巧みな脚本が高く評価され、視聴率こそ当時の朝ドラとしては決して高いものではなかったが、熱狂的なファンを獲得し、DVD-BOXが高セールスとなった。

 朝ドラのオールタイム・ベストに挙げられることも多い作品で、ヒロインが遭遇する母親との関係やライバル女性に感じる劣等感の見せ方は、後の朝ドラに強い影響を与えている。その意味で「朝ドラの教科書」と言っても過言ではない作品である。

 そんな『ちりとてちん』の藤本が、再び朝ドラを手がけるということもあり、放送前から『カムカム』は大きな話題となっていたのだが、『ちりとてちん』とは別の角度から朝ドラを更新する表現手法が多数持ち込まれた作品となっていた。

独自の緊張感と隠れたおもしろさ

 まず、『カムカム』を観ていて驚いたのは、時間の見せ方である。

 本作は「100年の物語」と銘打たれているのだが、時間の進み方が独特で、1話で1年を描いてしまうこともあれば、2週間かけて同じ時代を延々と見せることもある。

 朝ドラは1話15分の放送で、1週間5話(月~金)を2クール(半年)にかけて放送する。そのため、多くの朝ドラは1週間単位で物語の構成を組み立てていくのだが、『カムカム』の構成はとても変幻自在で先が読めない。たとえば、安子編が終わり、るい編が始まる38話の放送は水曜日だった。物語の切り替わり方も、安子がるいを置き去りにしてアメリカに旅立ち消息不明となり、そこから数年が経過するという唐突な展開で、視聴者を唖然とさせた。

 細部まで作り込まれた良質なエピソードが続き、安定感が生まれたかと思うと、突然、視聴者を唖然とさせるような超展開が起きるという緩急の激しさが、本作に独自の緊張感を与えていた。

 短編小説のような切れ味の良さを見せる回もあれば、ゆったりとした時間の流れの中で人間が変化していく様子をさりげなく描くこともあり、100年という時間をキャンバスにして、自由自在に物語を紡ぎ出していた。

 次に画期的だったのがナレーションだろう。『カムカム』では俳優の城田優が日本語と英語が混在したナレーションを担当しているのだが、時代背景やヒロインの心情説明は最小限に抑えられており、ラジオやテレビで流れるニュースやその時代のヒット曲が、間接的に時代背景や登場人物の心情を説明するものとなっていた。

 これはとても高度な演出で、背後で流れているニュースや楽曲の意味を視聴者に想像させることで、多層的な表現となっていた。

 それが最も強く現れていたのが、劇中に登場する朝ドラの見せ方だろう。

 朝ドラ第1作の『娘と私』以降、『雲のじゅうたん』『おしん』『ロマンス』等の歴代の朝ドラを登場人物がテレビで観ている場面が、物語の節々に登場する。朝ドラの中に朝ドラが登場するという入れ子構造的なシーンは、遊び心のあるセルフパロディとも言えるが、時代と並走する歴代の朝ドラが物語の根幹につながっていくのが、本作の隠れたおもしろさだ。

『カムカム』も“朝ドラの教科書”に?

 そもそも『カムカム』自体が、優れた朝ドラ論だった。

 安子編が戦前・戦中・戦後直後(1925~51年)、るい編が高度経済成長期(1962~76年)、ひなた編が80年代以降(1983~2025年)と、過去の朝ドラが重点的に扱ってきた時代を三分割しており、それぞれの時代ならではの朝ドラヒロインの人生を紡ぎ出していた。

 同時に描かれていたのが、日米関係を背景とした戦後日本論だ。

 アメリカとの戦争に負けた日本にアメリカ文化が入ってきたことで、日本人の生活や文化がどのように変質していったのかが、本作を見ているとよくわかる。

 ひなたが働く条映太泰映画村で作られる時代劇が年々、人気が低下していき、最終的にハリウッド映画の題材となることで盛り返す姿が、本作では「救い」として描かれていたが、これは逆説的に時代劇に象徴される日本的な文化が、アメリカの庇護のもとでしか成立しないことを示していたようにも感じた。

 最終的に物語は、行方不明だった安子の謎をめぐる伏線回収劇に収斂していき、朝ドラ論や戦後日本論といった各テーマに対する踏み込みが甘いものとなってしまったのはやや残念だが、脚本面での技術更新は大きく果たされたと言えるだろう。

『ちりとてちん』がそうだったように『カムカム』もまた、今後の「朝ドラの教科書」となっていくのではないかと思う。

(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)