1月2~3日にかけて、野木亜紀子脚本の刑事ドラマ『MIU404』(TBS系)が再放送された。
2020年に放送された本作は、事件の初動捜査を行う機動捜査隊(以下、機捜)の活躍を描いたバディモノの刑事ドラマだ。主人公は、働き方改革の一貫として新たに設置された第4機動捜査隊でコンビを組む、「野生のバカ」と言われる運動神経バツグンの伊吹藍(綾野剛)と、「自分も他人も信じない」と語る観察眼と社交性に優れた志摩一未(星野源)。
基本的に物語は1話完結で、煽り運転、ブラック労働、女性の貧困、外国人技能実習制度、若者の薬物汚染、裏カジノといった現代的なテーマが盛り込まれた、社会性と娯楽性を両立した社会派エンターテインメントドラマに仕上がっていた。
現実化することも多い野木亜紀子ドラマ
脚本を担当する野木亜紀子は、出世作となった『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)の成功で大きく注目されるようになった人気脚本家。『逃げ恥』以降はオリジナルドラマを精力的に執筆しており、新作が放送されるたびに大きな話題となっている。日本のテレビドラマの作り手の中で、現在、最も新作に注目が集まるドラマ脚本家と言って間違いないだろう。
筆者は2021年の7月に刊行された評論集『脚本家・野木亜紀子の時代』(blueprint)に執筆者の一人として参加した。『逃げ恥』や『MIU404』といった7本の野木亜紀子作品について論じた本書を読んで改めて感じたのは、タイトルの通り、現代は「野木亜紀子の時代」なのだということである。
刑事ドラマや恋愛ドラマといった枠組みの中で、女性差別、ブラック労働、有害な男らしさ、といった現代日本に蔓延する社会問題を積極的に導入することで作品の強度を上げてきた野木亜紀子のドラマは、その存在自体が現代日本を理解する上での貴重な見取り図だと言える。
また、彼女のドラマの中で描かれたことが数年後に現実化するということも多い。
たとえば、2018年に放送された法医解剖医を主人公にした刑事ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)の第1話「名前のない毒」では、サウジアラビアから帰国した会社員がMARSコロナウイルスに感染して死亡したことによって、日本中にパンデミックに対する不安が広がっていく様子が描かれている。街中を歩く人々は全員マスクを着用し、「PCR法での検出」という言葉が登場する様子は、リアルタイムで観たときはSFの世界みたいだと感じたが、今観ると、2020年に新型コロナウイルスが広がっていく様子を予見していたかのようである。
また、筆者が『脚本家・野木亜紀子の時代』の中で論じた2018年のドラマ『フェイクニュース』(NHK)のラストシーンでは、県知事選の候補者が選挙演説を行うショッピングモールに「難民受け入れ」をめぐって対立する賛成派と反対派の団体が乱入し、激しい抗争を繰り広げる場面がある。放送当時はやや唐突に思えた展開だったが、このシーンも今観ると、2021年1月6日にドナルド・トランプ大統領の熱狂的な支持者が、ジョー・バイデンが次期大統領に就任するのを妨害するために起こした連邦議会議事堂襲撃事件を連想させる。
そもそも“フェイクニュース”という概念自体が、放送からわずか数年で日本でも深刻かつ日常的な問題となってしまった。本作で描かれたような、閲覧数を稼ぐために人々の感情を煽るような極端なニュースが真偽不明のまま流れてくるという状況は、コロナ禍に入り世界中で過熱しており、コロナウイルスが世界中に拡散していく“パンデミック”と同じくらい、フェイクニュースや誹謗中傷がSNSを通して拡散されていく“インフォデミック”は深刻な問題となっている。
『フェイクニュース』はいち早くその問題を描き、「インフォデミックにいかに抗うか」をテーマにした先駆的なドラマだったと言えるだろう。
もっとも、野木のドラマは「予言」というよりは現実の法律や出来事を可能な限り反映させた「理知的な思考実験」という印象である。だからこそ、現実を先取りする未来予想のような物語となってしまうのだろう。
彼女が作品の中で社会問題を描くのは、それだけ現実に対するアンテナを張りめぐらせているからだ。その結果、野木の作品は毎回「現実との競争」となり、常に時代の半歩先を進んでいたからこそ、高く評価されてきたのだ。
半歩先の先見性があったからこそ、『アンナチュラル』と『フェイクニュース』は予言的な作品となった。対して『MIU404』は、放送直前に新型コロナウイルスのパンデミックが起き、東京オリンピック・パラリンピックが1年延期となるという現実の軸が狂ってしまったことで、放送が始まる前に「現実に追い抜かれてしまった」と言える。
これは、「時代の半歩先」を進む野木ドラマにとって致命的なダメージだった。だが、この逆境があったからこそ『MIU404』は特別な作品となった。
コロナによって追い抜かれた現実に追いつき、フィクションの力でどう対峙するか? それこそが、本編の水面下で起きていた『MIU404』のもう一つの戦いだった。
※後編に続く。
(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)