11月4日、北海道日本ハムファイターズの新監督に就任した新庄剛志が就任発表記者会見を行った。赤地にチェック模様の入ったスーツに、エルヴィス・プレスリーを彷彿とさせる大きな襟が印象的な開襟シャツ。ド派手ないで立ちで登場した新庄は、「監督ではなく『ビッグボス』と呼んで」「優勝なんか目指しません」といきなり“新庄節”。印象的な会見となった。
しかし、会見をよく聞いていると、派手な言動の中に新庄のやりたい野球像が見え隠れもした。3年連続で5位に低迷したチームを立て直すべく、全員横並びの状態からスタートさせ、チーム、そしてプロ野球全体を変えていくという明確なビジョンが描かれている。
会見から数日後に行われたTBS系番組『THE TIME,』のインタビューでは、ファンを楽しませるパフォーマンスに定評がありながら、今季は打率.117に終わった杉谷拳士に対し「(パフォーマンスは)僕に任せて。あなたは野球に打ち込みなさい」と、チーム屈指の人気選手に対しても実力主義であることを示した。
会見から一連の行動を見て、新庄の監督像に最も近いと思われたのが、故・野村克也だ。
球界屈指の理論派で、ヤクルトスワローズ監督時代には「長髪、茶髪、ヒゲ禁止」を選手に課した野村と、派手好きな新庄は一見真逆に見えるキャラクターだ。しかし、両者が選手と監督という間柄で在籍した阪神タイガース時代、意外にもウマが合ったようで、新庄は自己最高となる28本塁打を放ち、打撃成績が急上昇。そんな新庄を野村は信頼し、彼が望んだ4番打者として起用した。
現役時代に大活躍したスター選手が監督に就任する際、自身がプロ入りした当時の監督やキャリアハイの成績を残したときの監督の采配を踏襲する傾向があるように思える。
では、過去の例ではどうだったのか見てみよう。
巨人・原監督は長嶋より藤田野球を踏襲?
検証したのは、新庄と同様に現役時代に通算1000本安打以上を放った打者が監督になった際の1年目の成績(2000年以降)。2021年シーズンまでで該当したのは24名だった。
就任1年目に前年より順位を上げた監督は半分の12名と、意外にも好調な成績を残していることがわかる。リーグ優勝を果たしたのは原辰徳(巨人・2002年)、伊東勤(西武・2004年)、落合博満(中日・2004年)、そして真中満(ヤクルト・2015年)の4人だが、それぞれの選手起用法を見ると、自身が仕えた監督の跡が浮かんでくる。
たとえば、原は監督初年度、「ジャイアンツ愛」というキャッチフレーズのもと、支配下登録選手70名中66名を起用するという文字通りの全員野球を敢行したが、その様子は前任の長嶋茂雄というよりも、原がルーキー時の監督である藤田元司に近いように思える。選手の育成や情に厚い人物だった藤田が就任初年度に優勝を果たしたことも、原采配に影響を与えていただろう。
現役引退直後にチームを引き継いだ伊東は主力選手の離脱が相次ぎ、苦戦を強いられるかと思われたが、中島裕之、細川亨ら若手選手の台頭、エース・松坂大輔を中心とした強力な先発投手陣を武器に福岡ダイエーホークスとの接戦を制した。監督としてチームをつくり上げていく様子は、自身が入団初年度から常勝チームの捕手として広岡達朗、森祇晶から鍛えられた過去と重なった。
2015年に14年ぶりにヤクルトを優勝させた真中は、新庄と同じく野村のもとでプレーした経験がある。そのためか、就任当初から「勝つためにすべきことは何か?」と、常に選手に考えさせることを徹底していた。その姿はまさに「ID野球」を標榜し、1990年代のセ・リーグを席巻した野村ヤクルトそのものだった。
例外は、現役時代から「オレ流」で通した落合。彼の場合、特定の監督というわけではなく、投手起用はロッテオリオンズ時代の監督である稲尾和久、結果を出さなければ容赦なく切り捨てるという、ある種冷徹な選手人事は移籍先である中日ドラゴンズの監督・星野仙一という具合に、複数の監督の長所がミックスされた形のようにも映る。
来シーズン、注目を集めることは間違いない日本ハム。果たして、新庄剛志“ビッグボス”はどんな采配を振るうのだろうか。
(文=福嶌弘/フリーライター)