11日に中山競馬場で行われる紫苑S(G3)は、牝馬3冠最後の秋華賞(G1)の挑戦権をかけたトライアルレース。桜花賞(G1)3着馬のファインルージュや、フラワーC(G3)勝ち馬のホウオウイクセルらの実績馬に対して、フィエールマンを全兄に持つエクランドール、ワグネリアンの全妹にあたるミスフィガロなど、潜在能力を秘めた良血馬が激突する興味深い一戦といえる。
そのなかに割って入ることができるか注目したいのが、オークス(G1)の波乱の立役者ハギノピリナ(牝3歳、栗東・高野友和厩舎)だ。
前走オークスでは、単勝215.4倍の16番人気ながら3着に入り、3連単53万2,180円の高配当を演出。ひと夏を越えて「肉体的な成長はあると思います」と語る高野調教師のトーンも高い。
一方で現状2勝クラスの同馬は、紫苑Sで勝利するか3着以内に入らなければ、秋華賞への出走が不透明になりかねない状況。当然ながら、騎乗する藤懸貴志騎手の手綱さばきにも注目が集まる。
藤懸騎手といえば、今春は思わぬ場面で競馬ファンの耳目を集めてしまった。
4月24日の阪神競馬6R、返し馬で同騎手が乗る馬に岩田康誠騎手が「幅寄せ」。さらに恫喝されたというショッキングなニュースは、記憶に新しいところだろう。藤懸騎手をラチ沿いまで追い詰め、自らの馬をステッキで叩くなどした岩田康騎手には、14日間(開催4日)の騎乗停止処分が下された。
しかし競馬の神様はそんな“不幸”を見ていたのか、藤懸騎手は後日「幅寄せ」事件で被害を受けたテイエムマジックに再び騎乗して勝利。勝利の女神が微笑んだ。
その後の藤懸騎手は、6月のマーメイドS(G3)で10番人気のシャムロックヒルに騎乗。デビュー11年目での初重賞勝利を記録したほか、7月には現役98人目となるJRA通算100勝を達成するなど、なにかと「記録ずくめ」の夏を過ごした。
ただ、一連の「幅寄せ」事件から、藤懸騎手は “覚醒”したのか……と評するのは時期尚早だろう。
実際に6月の月間勝利数はわずか2勝で、7月は1勝、8月は2勝止まり。通算100勝到達とはいえ、ブレイク中の同期・横山和生騎手はすでに通算200勝超えと、ダブルスコアの差をつけられているのが現状だ。
ただしこの夏の藤懸騎手が“覚醒”するきっかけを掴んでいるのは事実だろう。ハギノピリナでアッといわせたオークスでの好騎乗がもたらしたのか、前出の高野厩舎からの騎乗依頼も増加傾向にあるからだ。
6月の新馬戦では、ハギノモーリスに騎乗して2着。また7月には、9番人気ハギノオーロで3着と好走。両馬とも同厩舎の管理馬であり「ハギノ」の馬だ。
ほかにも8月の未勝利戦では、こちらも同厩舎のラピスデラビオスで11番人気ながら未勝利を脱出。月間勝利数は少ないものの、コツコツと実績を積み上げ、厩舎や馬主らの信頼を得ようと努力する姿が垣間見える。
紫苑Sの意気込みを尋ねられた藤懸騎手は「(ハギノ)ピリナちゃんを応援してください」と返答。果たして、同騎手と「ピリナちゃん」のコンビは、オークスの激走がフロックでないことを証明できるか。
さまざまな人や馬との出会いで、一流ジョッキーになった例は数え切れない。地道に努力した夏を越えた藤懸騎手が、秋競馬で本当の意味での“覚醒”を遂げることに期待したい。
(文=鈴木TKO)
<著者プロフィール> 野球と競馬を主戦場とする“二刀流”ライター。野球選手は言葉を話すが、馬は話せない点に興味を持ち、競馬界に殴り込み。野球にも競馬にも当てはまる「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」を座右の銘に、人間は「競馬」で何をどこまで表現できるか追求する。