ワイヤロープの最大手、東京製綱は3月末、田中重人会長(78)が辞任した。「中期経営計画の未達に対する経営責任を取る形で辞任の申し出があった」という。日本製鉄による東京製綱への敵対的TOB(株式公開買い付け)が成立したことを受けて辞任を申し出たものだ。
日本製鉄のTOBは、東京製綱の経営権を握ることが目的ではなかった。持ち分法適用会社にすらしなかった。日本製鉄OBの田中会長の首をとるためTOBを仕掛けたというのが真相だ。「グローバル企業の日本製鉄が東京製綱にそこまでやるのか」(TOBに詳しいアナリスト)と物議を醸した。
日本製鉄は官営八幡製鐵所を源流とし、新日本製鐵時代には「鉄は国家なり」と言ってはばからなかった。そんな大企業が、なりふりかまわず東京製綱を力でねじ伏せた。東京製綱は1887年、艦船用のマニラ麻のロープを国産化するために設立された。「日本資本主義の父」と言われ、2021年のNHKの大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一が創業メンバーの株主に名を連ね、渋沢が初代会長に就いたことで知られる。
ロープの素材が鉄に移った。東京製綱はエレベーターやロープウェー、クレーンなどに使われるワイヤロープを製造するようになり、1970年1月、富士製鐵が資本参加した。同年3月、八幡製鐵と富士製鐵が合併して新日本製鐵が誕生した。新日鐵は住友金属工業との経営統合後、日本製鉄となり、現在も東京製綱の筆頭株主である。日本製鉄は東京製綱に原材料を供給している。
「ガバナンスの機能不全」と責任を追及
日本製鉄は1月、東京製綱に対するTOBを発表した。TOB価格は1500円。36.5%のプレミアムを付けた。出資比率をTOB直前の9.9%から19.9%まで高める。これに対し、東京製綱は「事前に何らかの通告も連絡もなく、一方的にTOBが開始された」と反発。2月初旬にTOBに「反対」を表明したことから経営陣が同意しない敵対的買収へと発展した。
「トップ指名プロセスの形骸化」「独立性・多様性が不足した取締役会」─。日本製鉄が公表したTOBの説明書は辛辣な言葉のオンパレードだった。田中会長の名前を挙げ、「代表取締役の在任期間が20年に及ぶ」ことを問題視した。報道陣に対して日本製鉄の幹部は「退任は必須」と言い切った。日本製鉄が「もの言う株主」になったようだと、市場関係者を驚かせた。
日本製鉄は2017年春から東京製綱に経営改善を促してきたという。「ガバナンス体制の機能不全等の問題を抱えているにもかかわらず、それらの問題に対する有効な対応策を講ぜず、業績が継続して悪化している状況をこれ以上看過することはできない」(日本製鉄)と、かなり強い調子で不信感を露わにした。「ガバナンス体制の機能不全」の元凶として田中会長を名指ししたことになる。
TOBの目的が田中会長の追い落としにあることが明白になった。TOBが成立したのだから田中会長の辞任は当然の帰結であろう。
TOBの背後に個人的確執が存在
田中氏は1943年1月生まれの78歳。67年、富士製鐵に入社。合併後の新日鐵で取締役大阪支店長だったのを最後に退任。2001年6月、旧富士製鐵の出資先である東京製綱の副社長に転じ、翌02年4月に社長に就任した。2010年から会長の座にある。この間、代表取締役をずっと続けてきた。
日本製鉄の前身の新日鐵住金時代から確執があったようだ。だから、東京製綱の定時株主総会での田中氏の取締役再任の賛成率は低かった。18年6月総会の賛成率は79.47%、19年6月総会は80.2%、20年6月の総会は82.21%。浅野正也社長の賛成率が94.90%あったのと比べ、かなり低い。日本製鉄が田中氏の再任に一貫して反対票を投じてきたことを示している。
19年4月、新日鐵住金は社名を日本製鉄に変更。1950年の旧日本製鐵解体後、69年ぶりに日本製鉄という名前が復活した。1970年、八幡製鐵と富士製鐵合併で発足した旧新日本製鐵の歴代社長の悲願がやっと実現した。
社名変更に伴い、橋本英二副社長が社長に昇格、進藤孝生社長が代表権のある会長に就いた。橋本社長は79年に新日鐵に入社、進藤会長は新日鐵発足の3年後の73年に入社した生え抜きである。
これに対して、東京製綱の田中会長は新日鐵発足以前の富士製鐵に入社した長老である。個人的確執が今回のTOBの背後にあるとの指摘もある。
東京製綱の21年3月期の連結決算の売上高は前期比8%減の580億円、最終利益は2億円(20年3月期は24億円の赤字)にとどまる見通し。たしかに業績はよくない。日本製鉄の21年3月期の連結決算(国際会計基準)は、売上収益が前期比18%減の4兆8500億円、最終損益は1200億円の赤字(20年3月期も4315億円の赤字)を見込んでいる。日本製鉄も決して褒められた業績ではない。
日本製鉄の経営陣が出資先に対して、大株主として経営改善を厳しく要求するのは間違っていない。ただし、今後は自分たちの経営についても厳しく責任を問われることになるのは自明のことである。
(文=編集部)