10年前の悪夢を思い起こさせる被災だけに、一刻も早い復旧を願いたいものである。
4日、JRAは来月の4月10日からスタートを予定していた1回福島(4月10日から5月2日)の開催を見合わせることが明らかになった。
先月13日の地震で福島競馬場が被災し、競馬場内の施設が損傷するなどの大きな被害を受けている。これにより、今後の余震への懸念や安全面の確保を考慮した上で、開催断念という結論に至ったとのこと。
今回の被害は11年3月の東日本大震災に匹敵するとも言われている。このときは復旧まで時間を要し、新潟や中山で代替によるレース施行となった。今年も代替開催には新潟競馬場が選ばれる見込みで、以降の開催については復旧具合によって調整される見通しだ。
状況によっては夏の福島開催も危ぶまれる痛恨事だが、別の意味で影響を受けそうなのが福永祐一騎手だろう。
2月に引退した蛯名正義騎手が現役時代に果たせなかった代表的な夢として、ダービー制覇と凱旋門賞制覇が有名だ。そして、あと一歩のところで達成することが叶わなかったのが、残すは小倉競馬場のみとなっていたJRA全10場重賞制覇である。武豊騎手ら史上6人しか該当しない大記録は、騎手生活34年の大ベテランを以てしても達成できなかった偉業でもあった。
昨年7月、この偉業に挑んだのが福永騎手だ。残る福島開催の重賞である七夕賞(G3)でブラヴァスに騎乗したが、勝利まであと一歩のところでクレッシェンドラヴに阻まれて2着に惜敗。11月の福島記念(G3)をバイオスパークで制した池添謙一騎手に先を越されることになった。
トップクラスのジョッキーは、どうしても4大競馬場での騎乗が主軸となる。ローカル競馬では重賞に騎乗する機会も限られる上に、勝利が必要と条件は厳しい。
1996年にデビューし、今年で25年目を迎える福永騎手は44歳と、もうベテランジョッキーの一人でもある。まだまだ一線級で活躍しているとはいえ、残された現役生活を考えると早めにクリアしておきたい記録には違いない。
その一方、福永騎手と福島競馬場についてはちょっとした因縁もある。
遡ること14年前、2007年秋の天皇賞(G1)での発言だ。武豊騎手がメイショウサムソンで1番人気に応えたこのレースで、福永騎手は6番人気のカンパニーに騎乗。勝負どころとなった最後の直線で、前にいたコスモバルクが左右にヨレたため、進路をカットされるという致命的な被害を被った。
レース後、「スピードが乗ったところで前をカットされた。あの不利がなければ2着があったかもしれない」と、不満を述べたように福永騎手も怒り心頭だったことは想像に難くない。
だが、とあるメディアで福永騎手が「コスモバルクは毎回、毎回やっている。五十嵐さんはG1に乗る騎手じゃない。(ローカルの)福島にでも行っていればいい。勘弁してくれ」とコメントしたと報じられたことにより、思わぬ方向に波紋が広がった。一部のファンからは「福島に失礼だ」「何様だ」と、福永騎手に対し辛辣な意見も出た一方で、「本当に発言したの?」といった真偽を疑う声もあった。
実際、他メディアでこのような発言を報じられた記事はなく、物議を醸していたことに気付いた福永騎手本人も事あるごとに、そのようなことを口にした覚えはないと否定している。
予期せぬ”風評被害”に見舞われることとなった福永騎手だが、その対象となった福島競馬場で重賞勝利に手が届かないせいで、JRA全10場重賞制覇に手が届かない現状は皮肉な結果でもある。
そして、福島開催の重賞の少なさも偉業達成の難易度を押し上げている原因だ。春の福島牝馬S(G3)、夏のラジオNIKKEI賞(G3)、七夕賞(G3)、福島記念(G3)と4レースのみ。
今年は被災の影響によって春の開催が中止となり、状況によっては夏の開催もままならない可能性がある。秋の福島記念はエリザベス女王杯(G1)の裏開催ということもあり、トップジョッキーの一人である福永騎手ならG1に騎乗している可能性も高いだろう。
となると、場合によっては今年の記録達成がほぼゼロとなる可能性も、現実的な話となりそうだ。福永騎手が”福島の呪い”から解放されるのは、もしかしたら来年以降に先延ばしとなるかもしれない。