スタート前から何かと批判の声が目立ち、不安視された『君と世界が終わる日に』(日本テレビ系)が、ここまでそれなりの結果を出している。視聴率は「日曜ドラマ」の近作とほぼ同じ水準で、ネット上の反響も賛否両論だが、“賛”を言い切る声もあり、まだ成否を語るのは早いだろう。
では、なぜ放送前から批判が多かったのか。また、それにも関わらず、なぜ“賛”と言い切る声も上がっているのか。2月21日放送の第6話から新章がスタートするこのタイミングで、同作のポイントを整理していきたい。
Hulu共同製作とコロナ禍での感染症
まず「なぜ放送前から批判が多かったのか」について。その主な原因は、日本テレビのアグレッシブな制作姿勢にある。
公式ホームページの“イントロダクション”に「いま世界中で注目のジャンルに、日ドラが地上波ゴールデンタイム連ドラで初の本格参戦!!」と書かれているように、日本テレビにとっては勝負作。「ゾンビを扱うドラマは人、時間、金がかかる」が定説であり、海外ドラマのようなスケールで描くのは難しいだけに、制作するだけで強気の戦略と言える。
そこで「日本テレビ×Hulu共同製作ドラマ」という形式を採り、放送前からこのプロジェクトを大々的にPRしていた。しかし、日本テレビにしてみれば、「Huluと組むからスケールが大きくなる」と言いたいのだろうが、視聴者にしてみれば悪評の高い「『続きはHuluで』の戦略ではないか」という懸念が強い。
事実、同作は日本テレビでSeason1(全10話)を放送した後、3月からHuluでSeason2(全6話)を配信するという。そんな有料会員への誘導を前提としたプロジェクトであることに批判が集まってしまったのは事実だ。
また、「コロナ禍で重苦しいムードの今、『感染症でゾンビになる』という物語はどうなのか」と苦言を呈する声も多かった。さらに放送スタート後もワクチンに関する描写など、現実と微妙にシンクロしているシーンもある。
その他では、「阪神・淡路大震災が起きた日に『世界が終わる』という作品をスタートさせる編成はひどい」という声も見られた。これらはいずれも作品というより、日本テレビの姿勢に対する批判だろう。これらの批判が上がることは日本テレビとしても想定内であり、それでも押し切ろうという強気のスタンスだったのではないか。
ゾンビが「怖くない」「チープ」「少ない」
次に、「なぜ“賛”と言い切る声があるのか」について。
同作への好意的な声はゾンビドラマを見ない人からのものが多く、「思ったよりおもしろかった」「十分ハラハラドキドキできる」などがあった。これは放送前の批判でハードルが下がっていたことに加えて、他のゾンビドラマを見ていないため比較対象がないことが奏功したのかもしれない。
逆に比較対象を知っているゾンビドラマのファンからは、「怖くない」「造形がチープ」「ゾンビの数が少なすぎる」などスケール感の物足りなさを挙げる人が多かった。特に海外ドラマ『ウォーキング・デッド』と比べる人の声が目立ち、「設定はマネできても映像はマネできていない」などの厳しい声も。「地上波だから表現の幅が狭い」「コロナ禍で大規模な撮影が難しい」などのエクスキューズこそあるが、ゾンビドラマファンはそれを許してくれないのだ。
“賛”の声が上がっているもう1つの理由が、間宮響と小笠原来美のラブストーリー。27歳の竹内涼真と24歳の中条あやみというラブストーリーに最適な若手キャストを起用し、会えそうで会えないすれ違いや、悪い人間によって引き裂かれる切ない展開が、ラブストーリー好きの視聴者層をとらえているようだ。
しかし、こちらもゾンビドラマファンからは不評。ネット上には「ゾンビサバイバルだけやっていればいいのに、なぜ薄っぺらい恋愛を入れるのか」「2人がカップルに見えないし、なぜそこまで愛しているのかわからない」など不満の声が散見される。
良く言えば、ゾンビサバイバルとラブストーリーの相乗効果を狙う。悪く言えば、二兎を追ったことでどちらも中途半端になっている。当然ながら日本テレビには前者の狙いがあり、「失敗を避ける保険」という意味でのリスクヘッジもあったのではないか。ただ、ここまでは両者が相乗効果を見せているとは言い難い。
忍び寄る「続きはHuluで」の不安
21日に放送される第6話のあらすじは、医薬品を求めて海路から駐屯地に向かう響が、立ち寄った島でかつて敵対した刀集団の坪井(小久保寿人)と遭遇。利害が一致したことから、ともに駐屯地を目指すことになる。
一方、響が死んでしまったと聞いて絶望した来美は、幼い愛奈(新津ちせ)を助けられなかった責任から、首藤(滝藤賢一)による危険なワクチン開発の実験台に名乗り出る。しかし、注射を打たれた来美は意識が混濁していき……。そして、首藤はワクチンの優先接種を餌に自衛隊員や避難者の心をつかみ、駐屯地に到着した響たちと対峙する。
予告映像には、「ついに再会」「因縁の再会」という2つの再会を示唆するフレーズが使われていた。前者は響と来美、後者は響と首藤の再会だが、折り返し地点を過ぎるだけに、新事実や新展開が飛び出す注目回になりそうだ。
前回の第5話ではネット上に、「何でゾンビのいない遠くへ逃げられないの?」「噛まれたかどうかは医者じゃなくてもわかるのでは?」「なぜ“ゴーレム”って呼び方が浸透?」「弓の矢はどこから出てくるの? 全部抜いて回収?」などとツッコミの声が上がり、すでにお約束のようになった感すらあるが、それも含めて楽しめばいいのではないか。
ただ、終わりが近づくにつれて日本テレビ「日曜ドラマ」特有の「続きはHuluで」のストレスを感じてしまう人は、このあたりでフェードアウトした方がいいかもしれない。日本テレビとしても、それを回避するための脚本・演出をしているはずであり、当作はある意味で「視聴者をどこまでHuluにつなげられるか」のサバイバルドラマとも言えよう。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)
●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。