11月30日からスタートするNHKの連続テレビ小説『おちょやん』。亡き母に代わって幼い頃から家を切り盛りする少女が、厳しくも優しさあふれる大阪の道頓堀でもまれながら成長していき、やがて女優を目指すという物語だ。
主演は杉咲花で、「松竹新喜劇」の喜劇女優・浪花千栄子をモデルにした竹井千代役を演じる。脇を固めるのは、父親役のトータス松本、奉公先の女将役の篠原涼子、千代の夫となる天海一平役の成田凌などのバラエティ豊かな面々が揃っている。また、いしのようこ、板尾創路といった関西出身者が多いのも特徴だ。
主人公のモデルの浪花千栄子は関西を中心に活躍した女優であり、「大阪のお母さん」という異名の持ち主。昭和を代表する人気女優のひとりだ。昭和生まれの人なら「オロナイン軟膏の看板の人」と言えばわかるかもしれないが、20~30代ではなじみのない人も多いだろう。そこで今回は、ヒロイン竹井千代のモデルとなった浪花千栄子について、簡単に紹介したい。
女中見習い(おちょやん)から人気女優へ
浪花千栄子(本名・南口キクノ)は、現在の大阪府富田林市で養鶏業を営む家に生まれた。幼い頃に母親を亡くして、学校にも通えないほど貧しい子ども時代を過ごし、8歳で仕出し弁当屋に女中見習い(おちょやん)に出される。その後、京都のカフェーで女給(ホステス)として働くが、18歳のときに紹介された村田栄子一座に弟子入り。裏方の仕事をする傍らで、舞台にも立つようになった。
その後、東亜キネマに移り、「香住千栄子」という名前でいくつもの脇役をこなした後、映画『帰って来た英雄』の準主役に選ばれて一人前の女優の仲間入りを果たす。続いて、帝国キネマでは「浪花千栄子」という名でさまざまな映画に出演したが、金銭的な問題などで映画界から離れた。
昭和に入り、新潮劇を経て、2代目渋谷天外らが旗揚げした松竹家庭劇に加わり、2代目渋谷天外と結婚。脚本家の妻という引け目があって、端役ばかりを演じて不遇の時代を送るが、第二次世界大戦が終わると、松竹新喜劇の看板女優となった。また、当座長の曾我廼家十吾から徹底的に鍛えられたため、アドリブにも強くなった。
仕事が上り調子になっている中で、自身がかわいがっていた後輩女優の九重京子と夫が不倫をしていることが発覚。さらに、その2人に子どもが生まれたことで2代目渋谷天外と離婚し、松竹新喜劇を退団した。
芸能界から失踪も奇跡の復帰、人生が一変
千栄子は誰にも何も言わずに芸能界から離れて行方知れずとなったが、昭和の人気漫才師のエンタツ・アチャコの花菱アチャコから共演を熱望され、関係者が血眼になって千栄子を探し回った。
京都中を捜索したが、なかなか発見できず、ついにタイムリミットが来てしまう。しかし、一行はあきらめきれず、「もう1日だけ」と捜索を延長して、偶然入ったお店で千栄子の情報をつかみ、奇跡的に発見。NHKのラジオドラマ『アチャコ青春手帳』で芸能界に復帰した千栄子は、これをきっかけに落ちぶれていた人生が一変した。
溝口健二監督の映画『祇園囃子』でブルーリボン助演女優賞を受賞した千栄子は、さまざまな監督からオファーが来る有名女優の道を歩いた。代表作には、豊田四郎監督のもとで森繁久弥と共演した『夫婦善哉』、黒澤明監督の『蜘蛛巣城』、内田吐夢監督の『宮本武蔵』、小津安二郎監督の『彼岸花』などの名作が並ぶ。テレビドラマでは、『太閤記』『大奥』など往年の人気作に出演している。
また、千栄子の本名が南口キクノ(軟膏効くの)ということで、オロナイン軟膏のメインキャラクターにも抜擢された。
私生活では、女優の稼ぎで京都に土地を購入して「竹生(ちくぶ)」という旅館を建てた。その後は、レストラン、茶屋、蕎麦屋と事業を広げた。おちょやんや女給の経験があったために、実業家としても活躍できたのだろう。
そして、1973年に消化管出血のため、自宅で急死した。享年66歳。死後に勲四等瑞宝章が送られた。
史実では離婚しているが、ドラマではどうなる?
浪花千栄子の人生は「波乱万丈」「山あり谷あり」といった言葉がピッタリで、『おちょやん』の脚本を手がける八津弘幸氏も、番組公式サイトで以下のように語っている。
「自叙伝などを読むと浪花さんは大変苦労されていて、表では喜劇というお芝居をする一方で、実生活では孤独であったり、裏切りに遭ったりしているんです。本作の主人公である竹井千代も傷つくことはありますが、そればかりではない極力明るい竹井千代を、全力で書きたいと思っています」
千代に襲いかかる女中の修業とは? また、それをどうやって乗り切るのか? 史実では2代目渋谷天外と離婚しているが、このエピソードはドラマにも反映されるのか? 喜劇界の名女優とうたわれる役どころを、杉咲花はどう演じるのか?
気になることは山ほどあるが、特に視聴者の関心が高いのは「2代目渋谷天外との離婚」についてだろう。公式サイトでは、成田凌が演じる天海一平について「やがて二人は結婚し、二人三脚で奮闘する」としか記載されていない。
朝ドラヒロインの離婚については、前々作の『スカーレット』の川原喜美子(戸田恵梨香)と十代田八郎(松下洸平)夫婦で経験しているので、耐性を持っている朝ドラファンも少なくないはず。また、離婚を盛り込んだ方が、よりドラマに深みが出るのではないかと予想される。
とにもかくにも、『おちょやん』には“エールロス”を吹き飛ばすような、笑って泣ける感動必至のドラマになることを期待したい。
(文=安倍川モチ子/フリーライター)