河瀬監督の作品や日常には、一貫して「生きる」というテーマがあるように思う。生きるとは、自然体であるということ。生きるとは、普遍的な価値を慈しむこと。めでること。生きるとは、刹那の喜びと、重ねた歳月の重みをリスペクトするということ。その思いを、広く世の中と、そして世界の人と共有するために
映像と、真摯に向き合う。作品を通して、人と深くつながりたいと願う。
そうした彼女のスタンスは、ビジネスの世界にも通じるものがあるはずだ。「見えないものこそを、大切に撮りたい」と、彼女は言う。自分でも見過ごしがちな微かな感情の揺らぎであったり、なにげない日常の中にある、素朴な喜びや深い哀しみであったり。その先に祖母が遺した「この世界は、美しい」という言葉の意味を読み解く何かがあると信じているからだ。
毎月の新月と満月の日に、彼女は決まって今は亡き祖母の墓前に赴く。月の満ち欠けのハザマで、彼女は「生きること」と向き合い続けている。10月23日に公開予定の最新作「朝が来る」に続いて、2021年の東京2020オリンピック競技大会の公式映画の監督も務める河瀬監督に「この時代を生きることの意味」を、シリーズで尋ねてみたい。
連載の終わりに、どうしても言いたいこと
「この世界は、美しい」というのは、亡き祖母がよく口にしていた言葉なのですが、最近、改めてこの言葉を、私は反芻しています。映画論、映像論になってしまいますが、私は常々「見えないものこそを、大事に撮りたい」と思ってきました。理屈で考えたらおかしいじゃないですか。見えないものを、どうやって撮るんだ?という話ですから(笑)。

でも、そこに共感してくれる仲間がいる。カメラも、美術も、演者も、そして私の映画を見てくださるお客さまも、すべての人が「ああ、この間、この空気感、いいな」と感じていただけたとしたら、それは「見えないものを、みんなで見ている」ということだと思うんです。
あらためて、リアルとは何か?
この連載の冒頭で「リアルとは何か?」という話をさせていただきましたが、映画監督として私が追求しているのは、そういうことのように思います。見えないものに共感できたとき、人はそこに手触りとか、ぬくもりとか、やすらぎとか、味わいのようなものを実感できる。それこそが、この連載のテーマである「生きる」ということなのだと私は信じています。
そうした思いを、これからもここ奈良から発信していきたい、と強く願っています。
「朝が来る」で、初めて河瀬監督の映画に出演した井浦新さんによるコメント
(インスタライブより)
「河瀬監督の映画では、一秒たりとも演技をしてはいけないし、求められてもいない。大切なのは役を作ることではなく、役を生きること。河瀬組ではそれを「役積み」といい、カメラが回っていない時間も含めて、役として生きることを求められる... 撮影現場では、「ヨーイ、スタート」の合図は無く、自然にカメラが回り始める。そのきっかけは、桜が舞う瞬間であったり、夕日が沈む時間であったり。全てのシーンが自然のリズムとともにある。今回の作品「朝が来る」を通してそういう経験ができたことは役者として本当に幸せだった」

河瀬直美氏のインスタグラムは、こちら。
月満ち欠けに合わせ、新月→上弦→満月→下弦の日の朝8時より新作映画「朝が来る」のオンライントークを配信中。
最新作「朝が来る」公式HPは、こちら。
なら国際映画祭2020特設サイトは、こちら。