多くの作品が新型コロナウイルスの影響を受けた春ドラマの中でも、最も逆風にさらされていたのは『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』(フジテレビ系)で間違いないだろう。
第1のつまずきは、コロナ禍で実際の医療現場がドラマをはるかに上回る厳しいものとなってしまったこと。また、それによって病院でのロケが不可能になり、撮影ができなくなってしまった。さらにキャストとスタッフには、「医療ドラマから絶対に感染者を出してはいけない」という強烈なプレッシャーがのしかかる。
長い撮影中断を経た6月にも悲劇が待っていた。重要な役どころでレギュラー出演予定だった清原翔が脳出血を発症してまさかの緊急降板。成田凌が代役を務め、撮り直しを余儀なくされるなど、まさに放送前から満身創痍の状況だった。
しかし、何とか7月16日に約3カ月遅れでスタートした『アンサング・シンデレラ』の世帯視聴率は、近年の『木曜劇場』作品を大きく上回る10%前後を記録。同ドラマ枠としては決して悪くない数字であり、各話のエピソードは心温まるものばかりなのだが、なぜかネット上では何かとケチをつけられている。
その多くは「薬剤師はあんなにいろいろ首を突っ込まない」「石原さとみが出しゃばりすぎて見ていられない」という2つの意見に集約されているが、これらの声は的を射たものなのか? それとも不当な批判なのか?
現役薬剤師たちはどう思っているのか
まず「薬剤師はあんなにいろいろ首を突っ込まない」という声について。主人公・葵みどり(石原さとみ)は、キャリア8年目の病院薬剤師で「患者の心に寄り添おうとするあまり、ついつい深入りして時間をかけてしまう」というキャラクターとして描かれている。
確かに第1話から、みどりが患者の心臓マッサージをしたり、血圧を測ったり、いなくなった患者を探し回ったり、医師に意見するなど、八面六臂の大活躍。のちに薬剤部部長の販田聡子(真矢ミキ)から「ひとりの患者さんに時間かけすぎ」とたしなめられるシーンもあったが、これらはまったくリアリティがないことなのか?
フジテレビに20代の現役薬剤師から、「丁寧にリアルに描かれていて涙が出ました」「ネットでは『ありえない誇張』といった声が見られますが、まったくそんなことありません」「薬剤師も心臓マッサージはしますし、誤った判断の可能性があれば医師に指摘します」という声が届いていた。
また、私の知人である薬剤師に話を聞くと、「病院によっては医師や看護師のサポートを求められる薬剤師もいると思う。私も病棟に行くことはあるし、医師に相談することもある」と言っていた。
もちろんドラマである以上、ドラマチックに見せているところはあるし、みどりの言動に共感できない薬剤師もいるだろう。ただ、これらの声を聞く限り「まったくリアリティがない」は間違った見方ではないか。
現実には大門未知子や半沢直樹はいない
そもそも「こんな○○○はいない」を薬剤師だけに当てはめようとするのはアンフェアだ。ならば、『ドクターX ~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)のような医師や、『相棒』(同)のような刑事はいるのか?
もっと言えば、『半沢直樹』(TBS系)のような、上司に暴言を吐きまくり、役員たちの前で土下座させるバンカーはいない。ドラマはそれを了解した上で、エンタメとして楽しむものであることはわかっているはずなのに、この作品だけ責められる理不尽さを感じてしまう。
とりわけ医療ドラマは、「現実の医師や看護師は、ここまでやってくれないだろう。これくらい優しかったらいいのに」と思いながら見ている視聴者が多いのではないか。それでも、よりリアリティを求めるのなら医療ドラマではなく、医療ドキュメンタリーを見ればいいのだ。
もし『アンサング・シンデレラ』に問題があるとしたら、薬剤師たちを引き立てようとするあまり、医師、看護師、助産師など周囲のキャラクターを時々無能な人物として描いていることだろう。もっと医師や看護師の目線もバランスよく入れたチーム医療の中で薬剤師の活躍を描いていたら、批判の声は半減したはずだ。
オーラを薄め、静かに燃える石原
次に「石原さとみが出しゃばりすぎて見ていられない」という声について。こちらの方が賛否両論あって当然かもしれない。
石原さとみと言えば、良い悪い両面で「何を演じても石原さとみ」と言われる稀有なオーラを持つ女優。そんな良い意味で「華やか」、悪い意味で「押しが強すぎる」という印象があるだけに、見る前の段階から「アンサング=ほめられない、縁の下の力持ち」という役が合わないとみなす人は少なくないのだろう。
たとえば、第3話で「自分のせいで先生が倒れちゃった……」と泣きじゃくる小学生にみどりが「大丈夫。先生は強いから病気に負けたりしないよ」と優しく微笑みかけるシーンがあった。通常なら子どもの涙にもらい泣きしそうなシーンなのだが、強烈なオーラを放つ石原が目について感動しづらいのだ。
さらにその後、みどりは小学校に行って生徒たちに先生へのメッセージカードを書いてもらい、ビデオメッセージも録画して見せていた。その他のエピソードでも、「意識不明となった患者の家に行き、処方箋を確認する」「ドラッグストアの薬剤師に何度もかけ合う」など、「出しゃばりすぎ」の感があり、それが石原の印象とオーバーラップしてしまうのだろう。
ただ、それでも石原はナチュラルメイクとお団子ヘアで通常時のオーラを薄め、早口でまくし立てるセリフまわしを控えるなど、彼女なりの役作りを徹底。さらに友人の薬剤師から話を聞き、衣装のデザインにも関与するなど、静かに情熱を燃やしている。
今後、終盤にかけて薬剤師という「アンサング」な存在より、石原さとみという「シンデレラ」が勝ちすぎてしまわないか。その懸念さえ払拭されれば、感動的なフィナーレが期待できそうだ。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)
●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。