大きなスロットマシンから小さなパチスロへ~「パチスロパルサー」後編~【アニマルかつみの回胴青春時代Vol.07】

 
 昭和55年、パチンコのシマにすっぽり収まるように小型化されて誕生したパチンコ型スロットマシン、略してパチスロ

 その史上初のマシンとなった『パチスロパルサー』は、いかにしてダウンサイジングを実現したのだろうか。

 最も大きな決め手となったのは、スロットマシンの命とも言えるリールを駆動する部分の近代化だ。

 昭和39年に最初に登場したオリンピアマシンにしろ、昭和51年に誕生したジェミニにしろ、リール駆動システムはアナログな機械式だった。

 まず、レバーを引くとスプリングの力でリールが回転する。そしてストップボタンを止めるとストッパーがリールを停止させ、各リール横に備えられた溝の切られた円盤によって停止絵柄を判別し、役が揃った場合はメダルを払い出す。

 以上が、機械式スロットマシンの基本的な動作の流れである。基本的な機構は19世紀末に考案されたものだが、すべてを機械の連動で行う非常に手の込んだ大がかりなものだった。

 そもそも、揃った絵柄を判別して払い出しを行うということは、極端な話、目押しで自在に役を揃えることができるわけで、上手い客ばかりが来ると店は営業が成り立たなくなる。

 オリンピアマシンの後期やジェミニの頃になると、リール停止のタイミングをズラす電気回路を付加して、狙い打ち対策を行った。

 しかし、やがてはそのズレを計算に入れて正確に狙い打ちをする猛者も現れるなど、対策は決して万全なものではなかった。

 そこで考えられたのが、現在のパチスロのようなコンピュータによる役抽選とステッピングモーターによるリールコントロールシステムである。

 ステッピングモーターとは、パルス電圧によって動作角度を自在に制御できるモーターのことで、パルスモーターとも呼ばれている。
 
 元々は、工業用ロボットなどのために考案されたものだが、それ自体がコンパクトなうえに簡単な回路構成で正確な動作が可能ということで、リール駆動部分の簡素化にはもってこいだった。

 かくして、電子化と小型化を両立した史上初のパチンコ型スロットマシン、パチスロパルサーは誕生。近代パチスロの世が開けたのである。

 ちなみに、現在も山佐の定番ブランドとして受け継がれる「パルサー」というネーミングについてだが、これには諸説ある。

 ひとつは、前出のパルスモーターに由来するというもの。もうひとつは、当時人気だった同名の日産のコンパクトカーだ。

「小型で経済的、しかも高性能。まさに、うちの新型スロットマシンと一緒じゃないか」

 開発会議の場で、そんな話が出たとか出なかったとか。

 

 ともかく、パチスロパルサーの登場はスロットマシン業界に一大革命を巻き起こし、競合他社も同様の近代的かつ小型化されたパチスロを開発・発表するなど追随した。

 またこの時期、業界の発展を目指してメーカー団体である日本電動式遊技機工業共同組合、略して日電協が設立された。

 加盟メーカーは当初10社だったが、2年後の昭和57年には20社に増加。パチスロ機の設置台数も10万の大台に近づくなど、着実にパチスロは新たな遊技文化として普及してゆくのであった。

(文=アニマルかつみ)