●この記事のポイント
・「仕事がどう変わるか」ではなく「仕事がある前提をやめる」ことが起点になると、AICX協会の小澤建祐氏は語る。
・ソフトバンクでAIエージェント事業を率いる平岡拓氏は、シリコンバレーの現実を踏まえながら、日本固有の「実装力」に活路を見出す。
・和辻哲郎の「間柄の哲学」から縁側論まで、日本文化の曖昧性こそがAI社会実装の土壌になるという独自の視点が示された。
人口が減り続ける国で、AIはどう機能するのか。6月10日、東京・室町三井ホール&カンファレンスで開催された「INTLOOP Ventures MIX 2026」は、スタートアップ・大企業・投資家・行政関係者が一堂に会するAI特化型カンファレンスとして初めて開催された。
主催のINTLOOP株式会社・林博文代表取締役は開会挨拶でこう述べた。
「当社はAIセントリックカンパニーへと転換していきます。コンサルティングで蓄積したノウハウを凝縮し、まずセールスとトレーニングの2領域でエージェントを外販していく」
自社のAI化と、そのノウハウのサービス化を同時に進める戦略を打ち出し、「スタートアップの斬新なアイデアや技術力と共に成長していきたい」と語った。
冒頭セッション「AIのチカラで、未来を興す〜人口減少国・日本が取るべき再興戦略〜」には、一般社団法人AICX協会代表理事の小澤建祐氏と、ソフトバンク技術統括satto事業開発本部本部長の平岡拓氏が登壇。モデレーターはクオンタムリープベンチャーズの高井志保氏が務めた。
●目次
「仕事がある前提」をやめることから始まる
「AIで仕事はどう変わるか」という問いを立てること自体、すでに時代遅れかもしれない。
小澤氏はセッション冒頭から、その前提を崩す。「仕事がある前提で考えるのをやめませんか」。20年という時間軸でAIの影響を見れば、問われるべきは「仕事の変化」ではなく「生き方の変化」だと言い切った。「ホワイトカラーの総数が圧倒的に減ります。中流・下流の仕事はエージェントが担っていきます」。
その根拠としてアメリカの現状を示した。コンピューターサイエンス学部卒業生の失業率が7.8%に達し、高額の学費を払って大学を出ても仕事に就けない事態が起きている。
「この流れが日本にやってきたとき、大企業は人を切れない。AI窓際族が生まれるのか、それとも現場のコンテキストをエージェントに入れていく人材に転換するのか。そこに分岐があります」
シリコンバレーが映し出す未来と日本の立ち位置
平岡氏は新卒でスタートアップに入り、自ら起業。その後、ソフトバンクグループ株式会社の孫正義氏に声をかけられ、現在に至る。シリコンバレーへの視察経験も豊富で、現地の光と影を直接目にしてきた。
平岡氏はシリコンバレーの現実を自らの目で見てきた人物として、その経験を語る。
「セールスフォース・タワーまで歩いていくんですが、以前は通っていた道を避けるようになりました。路上で薬物問題の深刻さを感じさせる光景を目にすることがあり、不安を感じるようになって……」
しかし、そうした格差の現場を知りながら、それでも「エグゼキューションしてしまう」のがアメリカの強さだと言う。
「京都のお寺に来て、どうすれば調和ができるのかというアジェンダで、日本に教えを探しに来る人たちが結構いるんですよ」
廃人が道に倒れる街を歩いてきたエグゼクティブたちと言葉を交わし、その調和への問いを日本で受け取る。平岡氏のシリコンバレー体験は、単なる視察ではなく、そうした人々との交流として語られたのである。
その上で、アメリカから見た日本の優位性とは何か。平岡氏が見出すのは「滑らかな実装力」だ。
「日本は一定のコンセンサスが取れてから実装するのがうまい。大失業を避けながら、滑らかに実装できます。AIによるラッダイト運動が起きる可能性のある国もある中で、日本ではそう簡単には起こらないと思っています」
さらに平岡氏は、ウサギと亀の話を持ち出しながら、亀である日本が最終的に勝つシナリオ語ったのである。
そんな平岡氏が期待するのは、オンプレ環境に眠るデータや暗黙知が大量に残る日本の大企業は、コスト削減による収益改善の余地が大きい点だ。
「日本の大手100社は、同じ期間のアメリカ100社と比べて、収益性を改善できる余地が大きいと思っています。遅れているからこそ、伸び代があると思っています」
和辻哲郎と縁側──哲学がAI実装論と交差するとき
セッションが独自の深みを帯びたのは、小澤氏が哲学の話を持ち出したときだった。前述の通り、シリコンバレーのエグゼクティブたちが京都のお寺を尋ねるというエピソードに対して、小澤氏はこう語り出したのだ。
「最近、和辻哲郎にはまっていまして……」
日本の「間柄の哲学」を研究した哲学者の名を挙げ、小澤氏はAIと日本文化の接点を語り始めたのである。
「縁側という空間があるじゃないですか。中と外を区切らない、世界にない建築様式です。日本庭園も後ろの雪山を借景として取り込む。日本人って、全て曖昧性の中で生きているんですよ」
「アイ・ラブ・ユー」を「私はあなたを愛しています」と言う日本人はほとんどいない。「愛してるよ」「好きだよ」……主語と対象を省略し、関係の文脈の中で意味をやりとりする。その曖昧さは、AIと人間の「間」を設計するうえで、ユニークな強みになるのだと小澤氏は言う。
「粗大ゴミを捨てる時に『ありがとう』って言ったことある人、いますよね。海外の人からすると頭がおかしく見えるらしいんですが、日本人だからこそAIロボットとも大切に付き合える。実装がしやすくなります」
これに平岡氏も共鳴した。
「ゴールデンウィークは仏教をテーマにすると決め、浄土真宗のお坊さんの話を聴きに行きました。AIをどう実装したいかという問いを持つために、仏教はヒントだらけです」
さらに小澤氏は「テック系のカンファレンスであえて哲学の話ができるようにしたいんです」ともいう。
「国産LLMがどうとか言っているよりも、医療データや現場のデータのレイヤーで価値を出すのが、日本の価値筋じゃないかと思っています。現場のコンテキストをエージェントに実装できるのは、日本だけです」
哲学と実装論。一見遠い二つの議論が、この場では自然に溶け合っていた。AIが人間の労働を代替し、「働くとは何か」「生きるとは何か」という問いが切実さを帯びる時代に、哲学の出番はいっそう増すだろう。ショーペンハウアーは「人間の本質は理性ではなく、目的も方向も持たない盲目の意志である」といった。テクノロジーで未来を切り拓こうとする意志もまた、その延長線上にある。だからこそ、その意志をどこへ向けるかを問い続けることに、意味がある。
実行力こそが日本最後の課題
締めくくりに平岡氏は「日本の課題は実行力だ」と言い切った。業績が落ちている会社ほど本格的な変革が必要で、そのとき問われるのは「ハレーションのある意思決定を押し進められるか」だと。そして、こう切り出すのだ。
「古代ローマは緊急事態になると合議制をやめて一人に全権を委ねた。そういう体制が必要な会社もあると思っています」
変化の激しい時代に、コンセンサス重視の日本型経営はときに足かせになる。リスクを取って実行に移す覚悟が、AI時代の勝敗を分けるということか。しかし、共和制ローマの独裁官(ディクタトル)制度は任期6ヶ月厳守で、緊急事態が終われば速やかに権力を返還するという制度。そうした中で、終身独裁官を目指したカエサルが共和政支持者等によって暗殺されたことはよく知られている。すなわち、AIで勝利を掴むためには、死を覚悟して合議を無視した独裁を社内で実行しなければならないということなのだろうか。
哲学も、格差も、文化論も、この日の議論はあらゆる方向に広がった。答えはまだ誰も持っていない。それでも、問いの豊かさだけは確かだった。和辻哲郎を引き合いに出してAIを語る場が日本に生まれていること自体、何かが変わりつつある証左なのかもしれない。
この日のカンファレンスはセッション1だけで終わらない。午後には「社会インフラ×AI実装論」と題したセッションが続き、LobbyAI・ロボトラック・Ideinの代表者たちが、老朽化するインフラや熟練技術の継承問題にAIがどう切り込めるかを論じた。行政との連携、現場実装のリアルな障壁、そして「やってみなければわからない」という起業家特有の推進力が、会場の温度をさらに上げた。
「AI×コンサルの未来」セッションでは、元PwC代表取締役CEOの椎名茂氏や元アクセンチュア執行役員の市川博久氏ら、コンサルティング業界の重鎮が登壇。「資料作成や分析はAIが担う。では人間に残るものは何か」という問いに、それぞれの経験が重なった。答えの出ない問いほど、議論は深くなる。
夕方のピッチコンテストを経て、会場は一変した。照明が落とされ、軽食とドリンクが並ぶ大交流会の開幕である。
「やあ、あなたもAIをやっているのか」「君がスタートアップなら、これからは…」と、すでに今後へ向けての懇談に花が咲く。登壇者も投資家もスタートアップも、肩書きを少しだけ脱いで言葉を交わす時間。あちこちで名刺交換が続く中、「一緒にやりましょう」「絶対に面白いことになりますよ」という声が飛び交った。握手を交わしながら「あなたとなら共に歩めると思います」と目を輝かせる起業家。スタートアップの代表が大企業の担当者と肩を並べ、「うちのデータ、使えますか」と臆せず踏み込む場面もあった。
こうして交流会はすべての議事を終え、感動の内に終了した。旧来の業界の垣根を超えた同志達は今や一つの志として、新たな事業創造の任務に就くために散会した。
※本稿はPR記事です。