アンモニア専焼発電、マレーシアで商用化へ…IHIが切り拓くアジア脱炭素の現実解

●この記事のポイント
IHIが2026年度、マレーシアでアンモニア100%専焼ガスタービンの世界初商用稼働を目指す。三菱重工・JERAも東南アジアで展開を加速。2050年の世界市場は累計100兆円超の試算もあり、既存火力インフラを活かせるこの技術が、アジア脱炭素の現実解として注目されている。

 2026年度、一つの技術的マイルストーンが静かに刻まれようとしている。

 IHIは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業における2MW級アンモニア専焼ガスタービンの研究開発を2025年度で完了させ、いよいよ商用化フェーズへ移行する。舞台として選ばれたのは日本国内ではなく、マレーシアだ。

 IHIはマレーシアで、現地の国営石油ガス会社ペトロナス子会社と組み、アンモニアを100%使用した火力発電を始める。燃焼時にCO2を一切排出しないアンモニアを、産業用発電の燃料として実用化するこの試みは、アンモニア100%を使った発電設備が商用稼働すれば世界初となる。

 技術開発の経緯を振り返れば、その先進性は一層際立つ。IHIは2022年6月に世界で初めて液体アンモニアを100%燃焼させ、燃焼時に発生する温室効果ガス(GHG)を99%以上削減することに成功した。その後、2024年7月からIHI相生事業所において耐久試験を行っており、計画どおりの発電出力で運転中だ。試験では、大気汚染ガスである窒素酸化物(NOx)および温室効果の高い亜酸化窒素(N2O)の排出抑制も確認されている。

 開発されたガスタービンは、主に産業用として、大規模工場やオフィスビルなどの自家発電用途をターゲットにしており、コージェネレーションシステムとして導入することで、熱と電気をCO2フリーで効率的に供給することが可能だ。

 なぜ海外先行なのか。国内ではまだ燃料アンモニアの受け入れインフラ(港湾や貯蔵設備など)の整備が途上であるため、IHIは海外での社会実装を先行させる戦略を採っている。これは技術面での優位性と制度・インフラ整備の遅れが同時進行するという日本特有の構造的課題を正確に反映したものでもある。

●目次

なぜ「アンモニア」がアジアで支持されるのか

 欧米では太陽光・風力発電への急速な移行が進む一方で、東南アジア諸国のエネルギー現実はそれとは異なる様相を呈している。

 IEAのデータによれば、東南アジア全体では発電量の40%以上を石炭火力が担っており、特にインドネシアやベトナムでは50%を超える。これらの設備は建設から10〜20年という現役世代のものが多く、一律の早期廃止は経済的にも社会的にも現実性を欠く。

 アンモニア燃焼技術の最大の利点は、こうした既存資産を最大限活用できる点にある。アンモニア発電は、既存のインフラとアンモニアの確立された世界のサプライチェーンを活用することで、火力発電の脱炭素化に向けた現実的な道筋を提供する。間欠的な再生可能エネルギーとは異なり、アンモニア火力発電はエネルギー転換期における電力系統の安定性に不可欠な調整可能なベースロード電力を供給できる。

 エネルギー政策の専門家は、こうした状況を次のように整理する。

「アジア各国が本当に必要としているのは、段階的に移行できる現実的な技術オプションです。石炭火力を今日にも全廃すべきという議論は理念としては正しいが、エネルギー安全保障と経済成長を同時に求める途上国の文脈では実行不可能に近い。アンモニア混焼・専焼技術は、その中間路線として機能します」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)

 日本政府もこの方向性を外交戦略に組み込んでいる。2021年に提唱したアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)構想の下、日本はアジア各国に対してアンモニア・水素活用を含む多様な脱炭素技術の移転を推進してきた。マレーシアでの商用化はその第一弾という位置付けともいえる。

日本企業の技術的優位性はどこにあるのか

 アンモニアを燃料として使うことには、克服すべき複数の技術的難題がある。天然ガスに比べて燃焼しづらく(着火性が低い)、燃焼過程でNOxなどの大気汚染物質が発生しやすい点がその主なものだ。

 アンモニアは天然ガスに比べて燃焼しづらく、大気汚染物質の発生を抑えることも難しい。IHIが相生事業所での耐久試験でNOxおよびN2Oの抑制を確認したのは、まさにこの課題への実証的な回答である。

 IHI一社にとどまらず、日本の重工業界全体でのアプローチも進んでいる。JERAと三菱重工業は、石炭ボイラにおけるアンモニア高混焼技術の開発・実証に関する事業でNEDOに採択されており、2028年度までに実機2ユニットにおいて50%以上のアンモニア混焼を検証する計画だ。

 アジア展開においても三菱重工の動きは活発だ。三菱重工業はインドネシアの国立バンドン工科大学との間でアンモニアを利用したクリーン発電技術の共同研究を深化させる新たな協定を2026年1月に締結した。

 JERAは実証と海外展開の両輪で動いている。2024年6月には愛知県・碧南火力発電所で石炭とアンモニアの混焼発電実証に成功。視察したインドネシア国営電力PLNの幹部から高評価を受け、石炭火力設備を活かせる技術として注目された。

 これらの動きが示すのは、燃焼技術(IHI)、大型ボイラ・ガスタービン設備(三菱重工)、発電事業運営と国際調達(JERA)という役割分担を持った、川上から川下までのバリューチェーンを日本企業群が連携してカバーしつつある構図だ。

市場規模と課題——楽観と慎重の間

 このビジネスの潜在的な市場規模は巨大だ。NEDOの試算によれば、2050年の燃料アンモニア利用量は世界で5.6億トンと想定されており、海外アンモニア製造・輸出基地の建設なども含めた2050年までの世界累計市場規模は、単純試算で数十兆円から100兆円を超える水準に達する可能性がある。

 アジア太平洋地域は、各国の積極的な脱炭素化戦略と火力発電への高い依存度を背景に、アンモニア発電市場で最も高い成長率を示すと予想される。日本と韓国は明確なアンモニア混焼目標を策定しており、中国やインドなどの石炭依存型経済国も、アンモニアを既存資産を活用するための現実的な手段と捉えている。

 ただし、課題についても正確に認識する必要がある。最大の障壁はコストだ。現状、グリーンアンモニア(再生可能エネルギー由来)の製造コストは、化石燃料由来のグレーアンモニアの数倍に達する。グリーンアンモニアやブルーアンモニアの生産には多額の設備投資が必要だが、これらの技術は未だ規模の経済を達成できていない。

 また、アンモニアの燃焼過程で排出されるNOxの完全な抑制や、アンモニアの毒性・腐食性に対応した安全なサプライチェーンの整備も引き続き重要な課題として残る。

 欧米の一部環境団体や研究機関は、アンモニア発電が石炭火力の延命につながると批判する。この見方は一面の真理を含んでおり、アンモニアの活用が完全な専焼への転換ではなく混焼率の段階的な引き上げにとどまれば、化石燃料の使用が長期化するリスクは確かに存在する。日本のエネルギー政策の正当性は、「混焼の拡大」を真剣な脱炭素への道筋として実証し続けられるかにかかっている。

「アンモニア発電の技術的可能性は日本企業が証明しつつある。残る問題は経済性と国際的な制度的承認です。カーボンクレジット制度の整備やグリーンアンモニアのコスト低減が進めば、アジア各国でのロールアウトが本格化する。日本の先行投資がそれに備えたポジション取りとなっているのは事実です」(同)

「現実解」が世界標準になる条件

 マレーシアでのIHIの商用化は、一社の単独プロジェクトに終わらない可能性を秘めている。それはアジアのエネルギー転換における「漸進的実用路線」のプロトタイプとして機能し得るからだ。

 再生可能エネルギーへの急転換を迫る欧米的な理想主義と、経済成長と電力安定供給を同時に求めるアジアの現実主義の間で、アンモニア・水素技術は架け橋の役割を果たしうる。ただしそれが評価されるためには、コスト低減の実績、NOx管理を含む環境性能の継続的改善、そして使用されるアンモニア自体のグリーン化への明確なロードマップが不可欠だ。

 日本政府は国内需要として2030年には年間300万トン、2050年には年間3,000万トンのアンモニア利用を想定し、日本企業主導によるサプライチェーンの構築を目指している。この数字の実現は、技術と制度と市場の三位一体の整備にかかっている。

 今次のマレーシアでの商用化は、長年の研究開発投資がようやく実社会で試される段階に入ったことを意味する。その結果が次の大型案件——インドネシア、タイ、インド、中東——への布石となるかどうかは、今後数年間の実績が証明するしかない。アジアのエネルギー市場という巨大な実験場で、日本の「現実解」が問われている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)