AI時代における人間の価値とは?LINEヤフー川邊氏「AIに奪われない仕事」の条件

●この記事のポイント
・AIによって仕事の「出来不出来」の価値は相対的に下がる。LINEヤフー会長の川邊氏は「仕事師から人気者へ」という転換を提唱し、個性とストーリーの重要性を強調する。
・慶應義塾大学教授の安宅氏は「その人がやっていること」と「1回性」に価値があるものはAIに閉じる理由がないと論じ、目利き力と生の経験こそが鍵だと語る。
・AIが余らせる時間をどこに投資するか。「推し活」や「本業以外の熱狂」が、実は次の価値創造の源泉になるという点で見解は一致した。

 東京都が主催するSusHi Tech Tokyo 2026が、4月27日から29日の3日間、東京ビッグサイト西1〜4ホールにて開催されている。都市課題の解決をテーマに、国内外のスタートアップ、ベンチャーキャピタル、行政、アカデミアが一堂に会する本イベントは、2023年の「City-Tech.Tokyo」から数えて4回目の開催となり、世界60の国・地域からスタートアップ750社が出展するなど過去最大規模となった。技術展示と政策議論、商談が同時進行する場として、その存在感はいっそう増している。

 生成AIの急速な普及により「人間の仕事」の定義が揺らぐなか、特に注目を集めたのが、初日(4月27日)のTokyo Stageで行われたセッション「AIが奪うもの・奪えないもの──そして、余白から始まる人間の再創造」だ。モデレーターを務めた株式会社メディアジーン代表取締役CEOの今田素子氏が、LINEヤフー株式会社代表取締役会長の川邊健太郎氏と、慶應義塾大学環境情報学部教授・LINEヤフーシニアストラテジストの安宅和人氏の2人から、AI時代における人間の価値について引き出した約45分間のセッションは、笑いを交えながらも本質を突く議論の連続となった。

●目次

「仕事師から人気者へ」──AIが標準化する世界で問われるもの

「インターネット一筋30年でやってまいりましたが、6月に退任予定です。次はAI一本で、1からアンラーニングしてやり直したいと思っております」

 川邊氏はそう自己紹介し、軽やかに本論へと入っていった。

 AIの急速な進化によって、米国ではテック企業が大規模なレイオフを進めている。日本でも同様の動きが起きるのか、という今田氏の問いに対し、川邊氏は「日本は構造的な人手不足社会ですから、仕事を選ばなければ就けないなんてことはありえない。ただAIによって個人でいろんなことができるようになるので、スタートアップする人がかなり増える気がします」と答えた。

 AIによって「仕事の出来不出来」が標準化される世界で、何が人間の付加価値になるのか。川邊氏が打ち出したのが「仕事師から人気者へ」というキーワードだ。

「IT産業のこの30年は、知識集約型産業が花開いた時代でした。その時代に最も重要だったのは仕事ができるかどうか、つまり頭脳です。しかしAIによってそれが高度に標準化されてしまう。そうなると、仕事の出来不出来ではなく、やっている人が人気者かどうかの方がはるかに重要になります」

 大げさに聞こえるかもしれないが、川邊氏はその具体例として、ある女性エンジニアが自分専用に開発した「服の着用回数と減価償却率を計測するアプリ」を挙げた。買った服を何回着たか、メルカリで今いくらで売れるかを一括管理するサービスで、機能自体はAIで30分もあれば複製できる。しかし「その人が作って語っているから使いたい」となる。それが人気者の力だ、と川邊氏は言う。

「同じものが出てきた時に、今田さんが語っているかどうかで選ばれる。ストーリーのある人間の方が選ばれる世界になっていくのです」

閉じる世界と閉じない世界──安宅氏が示した2つの軸

 一方、安宅氏はより構造的な視点を提示した。人間の仕事が「AIに閉じる領域」と「閉じない領域」に分かれると説き、その軸として「その人がやっていることに意味があるか」と「1回性に価値があるか」の2つを挙げた。

「できるかできないかとは別の話です。例えば、すごい腕の天ぷら職人が、来ているお客さんの様子を見ながらその瞬間だけの最高の一皿を出す。仮にロボットが同じことをできたとしても、そこに価値はない。その人が対峙しているから価値があるんです」

 藤井聡太氏の将棋も同じだという。AIが最善手を示せる時代でも、人間が盤を挟んで対局することに価値がある。ライブパフォーマンスも、漫才も、まさにそうだ。

「誰がやっても同じで、何度繰り返しても成立するものは基本的にすべてデジタルに閉じていきます。でも逆に、その人がやっていることと、その場限りの1回性が価値の核心にあるものは、閉じる理由が何もないのです」

 そして、閉じる世界においてはディレクションとダメ出し、つまり目利き力だけが残る仕事になると安宅氏は続けた。

「論文の最終審査で、AIに丸投げしたものはやっぱりわかります。あなたこれやったことないでしょ、というのが透けてしまう。修羅場をくぐった経験のない人がAIを使うと、本当にスカスカになる。だからこそ、その領域について生々しく苦しんで経験した人間がディレクションしないといけません」

 川邊氏もこれに応じ、「求められるクオリティのハードルがどんどん上がっている。AIで作れる程度のものは前提になって、その上にあなたの個性が何の付加価値を出せるかが問われる」と言葉を重ねた。

AIで余った時間を何に使うか

 今田氏が提示した2つ目の問いは「AIが余らせる時間をどこに使うか」だった。

 川邊氏の答えは明快だった。

「推し活です」

 いったいどういうことか。

「私の業務もAIでかなり短縮化されています。その余った時間で何をしているかといえば、推し活に使っています。楽しむ側、カ側にいかに回っていくかが大事だと思っていて」

 川邊氏はそう続けた。AIによって作られるコンテンツは無限に増えていく。しかし楽しむ側、つまり人間は有限だ。だからこそ「楽しむ側の方が価値が高い」時代が来ると見ている。

 安宅氏も同調しつつ、さらに掘り下げた。

「生で自分が楽しんで味わえるものをいっぱい増やしておいた方がいい。川邊さんが推し活の目利き力を磨いていけば、そのディレクションで動く人たちが爆増するはずです。熱狂的にハマれるものを持っている人が、実は少なすぎます」

 自分の仕事が楽になり、余裕が生まれたことで「京都に帰ってお寺カフェをやりたい」と打ち明けた今田氏に、安宅氏は「素晴らしい」と即座に反応した。かたやAIで業務を自動化しようとしている川邊氏、かたやお寺カフェを夢見る今田氏、そのどちらも、AI時代の「余白の使い方」として同じ方向を向いていた。

「関係ないことに投資せよ」──未来を開く処方箋

 では、今ここで何をすべきか。安宅氏は率直に語った。

「皆さん、3〜4割は何だかわけのわからないことに、自分の圧倒的な情熱をぶつけていった方がいいと思います。本業と関係のないことに一定量以上インベストしていない人の未来は、暗いかもしれmせん」

 安宅氏自身、データサイエンス協会の立ち上げや、「数年先の未来」を描く活動をほぼステルスで続けてきた結果、今や引き合いが急増しているという。

 川邊氏は「仕事が減った方がいいなんておかしい」ときっぱり語った。人間が最も実感を得るのは人の役に立った瞬間であり、それはほとんどの場合、仕事だ。ただ、それが「オフィスでパソコンをカチャカチャする」ことと同義でなくなっていく時代に、「仕事」の定義が変わっていく。

「個人的な妄想から始まった、何か自分がやりたいという動機で動くものが、人間らしい付加価値を生む。AIで全自動化できる部分を手放して、その上に乗る人間的な何かに力を注ぐ。それが、閉じない領域のインサイトをビジネスに流し込む唯一の道です」と安宅氏は締めくくった。

 AIが標準化する世界では、「できる人」ではなく「その人であること」に価値が宿る。SusHi Tech Tokyo 2026のこのセッションは、スタートアップや企業の未来を議論する場でありながら、人間の働き方と生き方そのものを問い直す45分間となった。

「閉じない領域のインサイトを流し込めなければ、最適化ゲームだけの世界になって崩壊する」という安宅氏の言葉が、特に印象に残る。AIに何ができるかという問いより、人間が何に熱狂できるかという問いの方が、これからの時代を生き抜くうえでずっと重要なのかもしれない。その熱狂こそが、閉じない世界を支える唯一の燃料だからだ。

 効率化の先に何を置くか。その答えを持っている人と持っていない人の差が、AI時代には思いのほか大きく開く。

(文=昼間たかし)