いすゞ×ホンダ「水素トラック」本格始動…2024年問題と脱炭素の最適解は?

●この記事のポイント
いすゞとホンダは2027年に大型燃料電池(FC)トラックを投入予定。大型車ではバッテリー重量や充電時間の制約からEVよりFCVが有利とされ、長距離輸送の脱炭素手段として注目される。一方で車両価格は数千万円規模と高く、水素ステーション不足も課題。政府は「グリーンコリドー」整備を進め、物流とエネルギーを統合した新たな産業モデル構築が焦点となる。

 いすゞ自動車と本田技研工業(ホンダ)が共同開発する大型燃料電池(FC)トラックが、2027年の市場投入に向けて動き出している。商用車分野において長年ディーゼルで優位性を築いてきた両社が、あえて水素という選択肢に踏み出した意味は小さくない。

 乗用車領域では電気自動車(EV)が主流化しつつある一方で、物流の中核を担う大型トラックでは事情が異なる。長距離輸送、高い積載量、短時間での稼働再開といった要件は、単純な電動化では解決できない構造的制約を抱えているためだ。

 いすゞの今回の決断は、単なる新技術への挑戦ではない。物流という社会インフラを支える基幹産業において、「次世代の標準」をどこに定めるのかという戦略判断である。

 自動車アナリストの荻野博文氏は次のように指摘する。
「乗用車と異なり、大型商用車は“止められない資産”です。1台が稼働しないだけでサプライチェーン全体に影響が出る。そのため、充電時間や航続距離といった基本性能がビジネス成立性を左右する。FCVはその条件を満たし得る数少ない選択肢です」

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「EVかFCVか」論争の終着点――棲み分けという現実解

 長らく議論されてきた「EVかFCVか」という二項対立は、実務レベルではすでに一定の結論に近づきつつある。すなわち、小型・短距離用途ではEV、大型・長距離用途ではFCVという棲み分けである。

 大型EVトラックの最大の課題はバッテリーの重量と充電時間だ。長距離輸送に必要な電力量を確保するためには、数トン規模のバッテリー搭載が不可避となり、その分だけ積載量が削られる。加えて、急速充電であっても数時間単位の停止が必要となり、稼働率の低下を招く。

 これに対しFCVは、水素を燃料とすることで長距離航続と短時間補給を両立する。一般的に想定される大型FCトラックでは、500km以上の航続距離と、10分前後の充填時間が目標とされており、ディーゼル車に近い運用が可能とされる。

「輸送効率という観点では、バッテリーのエネルギー密度には限界がある。重量制約の厳しい大型車両では、水素の優位性が出やすい。特に幹線輸送のように走行距離が長い用途では、FCVのほうが総合的な効率は高くなる可能性があります」(荻野氏)

 この棲み分けは、日本に限らず欧州や北米でも共通する潮流であり、商用車市場における「技術の最適解」が徐々に収斂しつつあることを示している。

国内トラック製造の「崖」――迫る二つの構造圧力

 こうした技術選択の背景には、日本の物流・製造業を取り巻く複合的な圧力が存在する。

 第一は、いわゆる「2024年問題」に象徴されるドライバー不足と労働規制強化である。長時間労働の是正により輸送能力が実質的に低下するなか、車両の効率性向上は不可避の課題となっている。

 第二は、企業に対する脱炭素圧力の強まりだ。特に上場企業を中心に、サプライチェーン全体での排出量を対象とする「Scope 3」削減が求められており、物流におけるCO₂排出削減は避けて通れないテーマとなっている。物流コンサルタントの斎藤直樹氏は指摘する。

「荷主企業から見ると、輸送の脱炭素化は“コスト”ではなく“競争力”の問題に変わりつつあります。排出量の少ない物流網を持つ企業ほど、ESG投資や取引先評価で優位に立てるためです」

 一方で、グローバル競争の激化も無視できない。中国のBYDなどは小型EVトラック分野で急速に存在感を高めており、価格競争力を武器に市場を拡大している。国内メーカーが同じ土俵で競うことは容易ではない。

 その意味で、日本勢が「大型×水素」という領域で差別化を図る戦略は合理性を持つ。ただし、その前提となるのはコストの壁を乗り越えられるかどうかである。現時点ではFCトラックの車両価格はディーゼル車の数倍、1台あたり数千万円規模とされ、補助金なしでの普及は難しい。

インフラなき水素社会――現実と政策の交差点

 FCV普及の最大の障壁は、水素供給インフラの不足である。日本国内の水素ステーションは約160カ所にとどまり、その多くは乗用車向けであり、大型トラックに対応できる設備は限られている。

 この状況を打開するため、政府は補助金や規制緩和を通じて水素インフラの整備を支援している。特に注目されるのが、特定の物流ルートに重点的に水素供給網を整備する「グリーンコリドー」構想である。

 これは全国一律のインフラ整備ではなく、港湾・工業地帯・幹線道路といった特定エリアに資源を集中させることで、実用的な水素物流網を先行的に構築するアプローチだ。

 エネルギー政策研究科の佐伯俊也氏は次のように評価する。
「水素インフラは“点”では意味がなく、“線”として機能させる必要があります。グリーンコリドーは現実的な落としどころであり、まずは採算の取れる区間を作ることで民間投資を呼び込む狙いがあります」

 ただし、水素の製造コストや輸送コストも依然として高く、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」が主流化するには時間を要する。インフラ整備と並行して、エネルギーコストの低減が不可欠となる。

トラックメーカーは「移動サービス企業」へ進化する

 いすゞとホンダの連合が示唆するのは、単なるパワートレインの転換ではない。トラックメーカーのビジネスモデルそのものの変化である。

 従来の「車両を販売して終わり」というモデルから、エネルギー供給、運行管理、データ活用、さらにはカーボンクレジット取引までを含めた総合的なサービス提供へと進化する必要がある。

 投資家の視点から見れば、これは次世代パワートレインの標準化競争でもある。EVかFCVかという議論は終わりつつあるが、「どの領域でどの技術が標準となるか」は依然として流動的であり、ここで主導権を握れるかどうかが企業価値に直結する。

 前出の荻野氏はこう総括する。
「商用車メーカーにとって重要なのは、車両単体の性能ではなく、エコシステム全体を設計できるかどうかです。水素を軸にした物流ネットワークを構築できれば、日本企業にも十分に勝機はある」

 いすゞとホンダの取り組みは、単なる共同開発を超えた意味を持つ。それは、日本の物流という社会基盤を次世代に適応させるための「実証実験」であり、同時に産業構造の転換を試みる挑戦でもある。

 ディーゼルが築いた時代の終焉が見え始めるなかで、水素はその代替となり得るのか。答えはまだ出ていない。しかし少なくとも、その問いに対する最も現実的な仮説が、いま動き出している。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)