●この記事のポイント
国交省は2028年度より、延べ床2000㎡以上の建物でCO2排出量の説明義務、5000㎡以上のオフィスで国への報告義務を導入。LCA(ライフサイクルアセスメント)規制の到来で建設コスト増と資産価値の二極化が進む中、竹中工務店・大成建設・東京建物ら先行企業の脱炭素戦略を解説する。
静かに、しかし確実に、不動産・建設業界の地殻変動が始まっている。
国土交通省は2025年、建築物のCO2排出量に関する新たな規制の骨格を明らかにした。2028年度を目途に、延べ床面積2000平米以上の建物を対象に、設計者が発注者に対してCO2排出量を説明することを義務付ける。さらに5000平米以上のオフィスビルについては、国への報告義務も課せられる方向だ。
これまでの省エネ規制と決定的に異なるのは、対象が「建物の運用時」に限らない点である。新制度が採用するのはLCA(ライフサイクルアセスメント=建材の製造・輸送・施工から、建物の運用、そして解体・廃棄に至る全工程のCO2排出量を定量評価する手法)の視点だ。鉄骨を溶かし、セメントを焼き、トラックで現場に運ぶ——そうした「建てる行為」そのものが排出するCO2も、初めて本格的な規制の俎上に載る。
国内の建設・不動産業界が排出するCO2は、日本全体の約30〜40%を占めるともいわれる。その巨大な排出源に、ついにメスが入る。業界関係者の間では、「2028年ショック」という言葉がひそかに流通し始めている。
●目次
コスト上昇の懸念と「脱炭素格差」
義務化が現実のものとなれば、建設コストへの影響は避けられない。
まず直接的なコスト要因として挙げられるのが、低炭素建材の採用だ。CO2排出量の少ない高炉セメントや木質系素材、低炭素コンクリートは、一般的な資材と比べてコストが割高になるケースが多い。加えて、LCA算出に必要な専門人材の確保やITシステムの整備にも相応の投資が求められる。
不動産ジャーナリストの秋田智樹氏はこう指摘する。
「LCAの算出は、単に計算式を当てはめればすむ話ではありません。建材一つひとつのサプライチェーンを遡り、排出量データを収集・検証するプロセスが必要です。中小規模の設計事務所や施工会社にとっては、その体制整備だけで大きな負担になる。2028年は一種の『適者生存』の分岐点になるでしょう」
一方、より深刻なのが「脱炭素格差」による資産価値の二極化だ。すでに欧州では、エネルギー効率の低い「グリーンでない」ビルは入居率が低下し、売却時の評価が大幅に下落する「ブラウン・ディスカウント」と呼ばれる現象が顕在化している。日本でも機関投資家やグローバル企業の間では、ESG(環境・社会・ガバナンス)基準を満たさない物件をポートフォリオから排除する動きが加速しており、2028年以降はその傾向がさらに鮮明になると予想される。
「建てれば売れる・貸せる」という右肩上がりの時代は、とうに終わっている。脱炭素対応の遅れは、もはや「コストの問題」ではなく「資産の毀損リスク」として捉え直す必要がある。
しかし同時に、この変化はビジネスの好機でもある。CO2排出量の測定・算出サービス、削減コンサルティング、低炭素建材の開発・供給——こうしたソリューション市場は、今後急速に拡大する巨大成長市場へと変貌しつつある。先行投資を惜しまない企業にとっては、競合が対応に苦しむ間に市場を席巻する千載一遇のチャンスでもある。
先行企業の戦略(1) コンサルティングとデベロッパーの視点
イズミコンサルティング——「計画段階」からの介入が最大の武器
脱炭素対応で一歩先を行くプレーヤーの一社が、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル=建物で消費するエネルギーと、創出するエネルギーを差し引きゼロにすることを目指す建物)の設計支援に強みを持つイズミコンサルティングだ。
同社が注力するのは、ZEBの知見とLCAを「設計の初期段階」から融合させるアプローチだ。一般に建設プロジェクトはフェーズが進むほど設計変更のコストが膨らむ。逆に言えば、企画・基本設計の段階でLCAの視点を盛り込めば、後工程でのコスト増を大幅に抑制できる。
「お客様が『LCAって何から始めればいいかわからない』という段階から関与できるのがイズミコンサルティングの強みです。脱炭素と建設コストはトレードオフではなく、早期介入によってどちらも最適化できる。それを具体的な数字でお見せすることが、同社の価値提供の核心です」(同)
東京建物——超高層ZEBという「実証」の力
大手デベロッパーの東京建物は、2023年に竣工した複合施設「Hareza Tower(ハレザタワー)」(東京・池袋)において、超高層ビルとしてはトップクラスのZEB性能を実現したと評価されている。
同プロジェクトでは、高効率ヒートポンプ空調システムや太陽光パネルの最大活用、さらに再生可能エネルギーの積極的な調達を組み合わせることで、従来比で大幅なエネルギー削減を達成。「大規模・超高層ビルでZEBは難しい」という業界の常識を覆す先例となった。
秋田氏はその意義をこう評価する。
「デベロッパーにとって最も強力な営業資料は、実際に完成した物件です。東京建物がHareza Towerで積み上げたノウハウは、テナント誘致においても競合他社に対する明確な差別化要因になっている。今後LCA報告が義務化されれば、こうした実績の有無が受注・成約に直結する局面が確実に増えます」
先行企業の戦略(2) ゼネコンによる「技術の社会実装」
竹中工務店——「ライフサイクルCO2ゼロ」という究極の目標
スーパーゼネコンの竹中工務店は、建設・運用・解体の全工程を通じた「ライフサイクルCO2ゼロ」を長期目標に掲げ、技術開発を加速させている。
具体的には、構造材における木材・木質建材の活用拡大、建設工程における施工機械の電動化・水素化、そして解体時の建材リサイクル率向上に向けた研究開発などが柱だ。同社が特に注力するのが「建材のカーボンストック」——すなわち、木材のように炭素を長期間固定する素材の積極採用によって、排出量そのものをカウントダウンする発想だ。
大成建設——ハードとソフトの「二刀流」で市場をリード
大成建設のアプローチは、技術革新とデジタル化の両輪を回す点で際立っている。
同社が開発した「T-CARBON Mixing」は、コンクリートの製造過程でCO2を直接注入・固定化する技術だ。従来であれば大気中に放出されていたCO2を建材の内部に封じ込めることで、コンクリートのカーボンフットプリントそのものを削減する。さらに「T-eConcrete」シリーズと呼ばれる環境配慮型コンクリートも展開し、建材レベルでの脱炭素化を推進する。
加えて注目されるのが「T-CARBON Watch」だ。AIを活用して建設現場から竣工後の運用フェーズにわたるCO2排出量をリアルタイムで可視化するこのシステムは、2028年の報告義務化に直結するソリューションである。排出量の「見える化」は義務対応であると同時に、顧客への提案力強化にもつながる。
「T-CARBON MixingのようなコンクリートへのCO2固定技術は、世界的に見ても最先端の取り組みです。建設材料は一度使用されれば数十年にわたって建物内に留まる。その『躯体』そのものを炭素の貯蔵庫にするという発想は、LCA規制の時代における建設業界のゲームチェンジャーになり得る」(同)
「環境対応」はもはやコストではなく生存戦略
2028年は、決して遠い未来ではない。プロジェクトの企画から設計、施工、竣工に至るまでのリードタイムを考えれば、今この瞬間から動き出さなければ間に合わない案件も出てくる。
今回取り上げた先行企業に共通するのは、LCA義務化を「外部から課せられた制約」ではなく「自社の競争優位を確立するための舞台」として能動的に捉えている点だ。排出量算出の精度を磨き、削減技術を磨き、それを顧客への提案として昇華させる——そのサイクルをいち早く回した企業が、2028年以降の市場で圧倒的な優位に立つ。
一方、「義務化はまだ先の話」「コストが見通せない」と静観を決め込む企業には、厳しい現実が待ち受ける。脱炭素対応が遅れたビルは入居率・売却価格の双方で下押し圧力を受け、融資を受ける際の条件も不利になっていく。金融機関や機関投資家によるESGスクリーニングが強化される中、「環境性能が低い=融資リスクが高い」という評価は、すでに現実のものとなりつつある。
不動産・建設業界の勢力図は、今まさに塗り替えられようとしている。2028年を「重荷」と受け取るか、「武器」として使いこなすか——その選択が、企業の10年後の姿を決定する分水嶺となるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)