訪問介護「崩壊」の真因…外国人材解禁・有効求人倍率15倍でも人手不足は解消せず

●この記事のポイント
日本の訪問介護が深刻な人手不足に直面している。ホームヘルパーの有効求人倍率は地域によって15倍を超え、2024年度上半期の訪問介護事業者の倒産は過去最多の46件を記録した。政府は外国人材の受け入れを解禁したが、実際に申請した事業者は全国約3万5000事業所のうち500未満にとどまる。背景には同行義務や事務負担など制度上の高い参入障壁、さらに2024年度介護報酬改定による減収がある。訪問介護崩壊を防ぐために必要な制度改革と、外国人材活用の課題を分析する。

 日本の在宅介護が確実に崩壊へ向かっているーー。

 東京商工リサーチによれば、2024年度上半期(4~9月)の訪問介護事業者の倒産は46件に達し、同期として過去最多を記録した。一見すれば数字は小さいようにも見える。しかし、問題の本質は「倒産件数」ではない。現場で起きているのは、事業所の撤退や休業、サービス縮小といった“静かな撤退”の連鎖である。

 背景にある最大の要因は、深刻な人手不足だ。厚生労働省のデータによれば、介護職全体の有効求人倍率は約3.8倍。これでも極めて高い水準だが、訪問介護員(ホームヘルパー)に限れば、地域によっては15倍を超える。つまり、1人のヘルパーを15事業所が奪い合う異常な市場が形成されているのである。

 この危機を打開する「切り札」として期待されたのが、外国人材の活用だった。政府は2024年4月、訪問介護分野において「技能実習」と「特定技能」の在留資格を正式に解禁。慢性的な人手不足に対する起死回生の制度改革として注目された。

 しかし制度開始から1年近くが経過した現在、現場の実態は驚くほど冷え込んでいる。入管庁への申請状況を集計すると、外国人ヘルパーの受け入れ申請を行った訪問介護事業者は全国で500事業者未満にとどまる。
全国に約3万5000カ所ある訪問介護事業所のうち、わずか1.4%程度にすぎない。鳴り物入りで始まった制度は、現場では事実上「門前払い」に近い状況に陥っている。

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「善意の制度」が現場を締め付ける

 なぜ、これほどまでに制度利用が進まないのか。最大の理由は、外国人材を受け入れるための管理コストの高さにある。

 制度上、訪問介護事業者は外国人ヘルパーを受け入れる際、次のような要件を満たさなければならない。

 OJT同行義務:研修期間中は責任者などが常に同行する必要がある
 キャリア形成計画の策定:中長期的な育成計画の提出が義務
 ハラスメント相談窓口の整備:専門窓口の設置など管理体制の構築
 生活支援・相談体制の確保:住居・生活相談などのサポート義務

 制度設計の目的は明確だ。外国人労働者の権利保護である。

 しかし現場では、この「善意の制度」が逆に参入障壁として機能している。特に問題なのが、同行義務だ。訪問介護は本来、ヘルパーが単独で利用者宅を訪問するサービスである。しかし外国人材の場合、一定期間は日本人スタッフが同行しなければならない。

 つまり、人手不足を解消するために雇う人材の教育のために、既存スタッフの稼働時間がさらに削られるという矛盾が生じる。社会保障の専門家で社会福祉士の高山健氏はこう指摘する。

「訪問介護はもともと薄利のビジネスです。職員10人未満の小規模事業所が約8割を占める業界で、外国人材の管理体制を整備する余力がある事業者は極めて限られています。
制度自体は必要ですが、現在の設計では小規模事業者ほど利用できない“逆進的制度”になっている」

追い打ちをかけた介護報酬改定

 さらに、事業者の体力を奪ったのが2024年度の介護報酬改定だ。政府は今回の改定を「全体で1.59%のプラス改定」と説明した。しかし訪問介護の現場では、むしろ逆風となった。主な理由は、基本報酬の引き下げである。

 項目      改定内容
 基本報酬    身体介護・生活援助ともに約2〜3%引き下げ
 収益への影響  離島・中山間地域では58.7%が減収
 補填策     処遇改善加算を拡充

 厚生労働省の調査(2025年公表)では、改定後に減収となった訪問介護事業所は5割〜6割弱に達した。政府が基本報酬を引き下げた根拠は、訪問介護の収支差率7.8%というデータだった。しかしこの数字には、訪問介護特有のコストが十分に反映されていないという指摘が多い。

 例えば、以下のような費用である。
・利用者宅への移動時間
・採用コストの高騰
・ヘルパー確保のための賃金引き上げ
・空き時間(待機時間)

「訪問介護は、施設介護とはコスト構造がまったく異なるサービスです。移動時間やキャンセル対応など、表面の利益率では見えない負担が非常に大きい。基本報酬を下げた結果、事業者の投資余力が失われ、人材確保がさらに難しくなるという悪循環に入っています」(高山氏)

「密室介護」という構造的リスク

 外国人材導入を阻むもう一つの壁が、訪問介護特有の業務構造だ。施設介護の場合、複数のスタッフが同じ場所で働く。問題が起きても周囲の職員がフォローできる。

 しかし訪問介護は違う。ヘルパーは利用者宅という密室空間で、1対1の介護を行う。この構造が、外国人材の導入をためらわせている。言語の壁、文化の違い、緊急時の判断、利用者とのトラブルーー。万が一事故が起きれば、事業所は行政指導や営業停止など重大なリスクを負う。

 ある訪問介護事業所の経営者はこう語る。

「外国人材を雇いたい気持ちはあります。しかし、もし訪問先で事故が起きたら、責任を取るのは事業所です。現場を1人で任せるのは、正直かなり勇気がいる」

 つまり訪問介護では、人手不足の問題と安全管理の問題が直結しているのである。

「介護離職」が拡大する懸念

 訪問介護の崩壊は、単なる業界問題ではない。日本社会全体に深刻な影響を与える。

 最も懸念されているのが介護離職の増加だ。家族の介護のために仕事を辞める人は、すでに年間約10万人に達している。さらに政府試算では、2040年には介護人材が約69万人不足すると見込まれている。在宅介護サービスが縮小すれば、家族が介護を担うしかなくなる。その結果、労働力人口の減少と経済成長の停滞を招く可能性が高い。

 では、この危機をどう乗り越えるのか。専門家の多くが指摘するのは、制度の抜本的な再設計である。

 具体的には、次の3つが重要だ。

(1)同行義務のICT代替
ウェアラブルカメラや遠隔通話システムを活用し、遠隔監督を「同行」とみなす制度改革が必要だ。

(2)基本報酬の再評価
加算だらけの複雑な制度を整理し、訪問単価そのものを引き上げることが求められる。

(3)共同受入れモデル
小規模事業者が単独で外国人材を管理するのではなく、地域連携法人や介護事業者コンソーシアムなどを通じて管理機能を共同化する仕組みが必要だ。

外国人材は「調整弁」ではない

 重要なのは、外国人材を単なる労働力として扱わないことだ。介護人材の国際獲得競争は、すでに激化している。日本、韓国、台湾、シンガポール、ドイツ、これらの国が同じ人材を奪い合っている。

 人材サービス会社のアジア事業責任者はこう語る。

「もはや外国人材は“安価な労働力”ではありません。給与や待遇、教育体制、キャリアパスを含めた総合的な魅力がなければ、日本は選ばれない国になります」

 訪問介護の崩壊は、まだ「静かな危機」にすぎない。しかし制度改革が遅れれば、その危機はやがて社会全体を揺るがす問題へと発展する。

 外国人材は、日本の介護を救う“切り札”になり得る。だが、それは制度が現場に寄り添った形で設計された場合に限られる。今、日本の在宅介護は重大な分岐点に立っているのである。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高山健/社会福祉士)