●この記事のポイント
・子も配偶者もいない高齢者が2050年に143万人へ。甥・姪が担う“想定外の介護”が拡大する中、制度の空白と仕事への影響、今から備えるべき実務対応を解説する。
・突然の一本の電話から始まる「甥・姪介護」。法的義務はなくとも現実的責任は重い。仕事との両立、資産管理の壁、行政活用のポイントを具体的に整理する。
・2050年に急増する“身寄りなき高齢者”。制度の狭間で甥・姪が担う介護の実態と、地域包括支援センター活用や資産整理など、キャリアを守るための準備策を提示する。
「まさか、自分がおじさんの面倒を見ることになるとは思わなかった」――。ある日突然、病院や警察、あるいは役所からかかってくる一本の電話。「身寄りがいないので、連絡先となっているあなたに来ていただきたい」。それは今、都市部で働く現役世代にとって決して他人事ではない。
少子高齢化と未婚率の上昇により、子どもも配偶者もいない高齢者が急増している。その結果、血縁上は比較的“遠い”存在だった甥(おい)や姪(めい)が、事実上のキーパーソンとして介護や手続きを担うケースが拡大しているのだ。
この「甥・姪介護」は、親の介護とも、子の扶養とも違う。そこには明確な法的義務がない一方で、現実的な責任だけがのしかかる。制度の想定外に置かれたこの問題は、2050年に向けて確実に拡大する“構造的リスク”である。
●目次
2050年に143万人へ拡大する「身寄りなき高齢者」
日本総合研究所の推計によれば、子どもも配偶者もいない要支援・要介護の高齢者は、2024年時点で約67万人。これが2050年には約143万人にまで増加する見通しだ。
背景には、生涯未婚率の上昇と少子化の進行がある。総務省統計などによれば、50歳時点で一度も結婚していない人の割合は男性で約3割、女性でも2割超に達している。さらに、きょうだいの数も減少し、甥・姪世代は一人っ子、あるいは遠方在住というケースが増えている。
社会保障の専門家で社会福祉士の高山健氏はこう指摘する。
「これまで日本の介護制度は“家族がいること”を暗黙の前提に設計されてきました。しかし、子どもも配偶者もいない高齢者が急増するなかで、その“空白”を誰が埋めるのかという議論は十分になされていません。甥・姪が事実上の支援者になるケースは今後さらに増えるでしょう」
問題は、甥や姪に法的な扶養義務が原則としてないにもかかわらず、実務上の対応は求められるという点にある。入院手続き、医療同意、施設入所の契約、家の整理――。病院や行政は「身近な親族」に連絡するしかなく、その筆頭に挙がるのが甥・姪なのだ。
制度の狭間に落ちる「甥・姪介護」
仕事との両立は、さらに深刻な問題をはらむ。育児・介護休業法では、企業に対し仕事と介護の両立支援を義務づけている。しかし対象は「配偶者、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹、孫」などが中心で、「おじ・おば」は対象外とする企業が大半だ。
その結果、次のような事態が起こる。
・介護休業給付の対象外となり、まとまった休みが取れない
・急な通院付き添いでも有給休暇を消費するしかない
・上司や同僚から理解を得にくい
・「親でもないのに」という無言の圧力
「法的義務がないことと、現実的に支援せざるを得ないことは別問題です。企業側も想定していないケースが多く、制度上の支援が受けにくい。結果として“隠れ介護”となり、キャリアに悪影響を及ぼすリスクがあります」(高山氏)
現役で働くビジネスパーソンにとって、この問題は決して遠い未来の話ではない。むしろ40代後半から50代にかけて、甥・姪世代が“突然の当事者”になる可能性が高い。
最優先は「自分が抱えない」設計
では、どう備えるべきか。結論から言えば、「自分が何とかする」発想を捨てることだ。
まず連絡すべきは、本人の住む地域の地域包括支援センターである。ここが高齢者支援の総合窓口となる。要介護認定の申請、ケアマネジャーの紹介、介護サービスの調整まで、一連の流れを専門家が担う。
「甥・姪の方が“全部やらなければ”と思い込んでしまうのが一番危険です。制度は決して完璧ではありませんが、使えるものを最大限使うことで負担は大きく軽減できます」(同)
要介護認定が下りれば、訪問介護、デイサービス、ショートステイなどが利用可能になる。専門職に任せることで、甥・姪は“決定権者”ではなく“調整役”に徹することができる。
最大の壁は「お金と権限」
親の介護と決定的に違うのは、資産管理の難しさだ。判断能力が低下した後、甥や姪が通帳から資金を引き出したり、不動産を売却したりすることは原則としてできない。成年後見制度の利用が必要になるが、手続きには時間と費用がかかる。
ファイナンシャルプランナー・荒井友美氏はこう指摘する。
「施設入所には月額20万~30万円以上かかるケースも珍しくありません。本人資産の把握ができていないと、支払いが滞るリスクがあります。元気なうちに家族会議を開き、口座・保険・不動産の一覧を作ることが極めて重要です」
特に問題となるのが空き家だ。施設入所後も固定資産税や管理費は発生する。放置すれば近隣トラブルや資産価値の毀損にもつながる。
「判断能力があるうちに、売却か賃貸かの方針を決めておくことが重要です。後手に回ると、資産が“負債”に変わる」(荒井氏)
制度は追いつくのか
政府も身寄りのない高齢者への支援体制整備を進めつつあるが、現状は自治体ごとの対応に差がある。
前出・高山氏は次のように展望する。
「今後は、家族を前提としない“ソーシャル後見”や、自治体による身元保証支援の拡充が鍵になります。ただし制度改正には時間がかかる。少なくとも今後10~20年は、家族に近い存在が事実上の支援者になる構図は続くでしょう」
つまり、制度整備を待つだけでは不十分だ。個人レベルでの備えが不可欠なのである。
■今からできる3つの準備
・親族の状況を把握する
・地域包括支援センターの連絡先を確認する
:会社の介護制度をチェックし、上司と事前共有する
特に重要なのは、会社との関係性だ。介護は「突然始まる」。だからこそ、可能性がある段階で制度を確認し、理解を得ておくことがキャリア防衛になる。
「血縁」よりも「設計」
甥・姪という立場は曖昧だ。法的義務は薄いが、心理的責任は重い。
だが、最も避けるべきは、自身の生活やキャリアを犠牲にすることだ。介護は長期戦であり、感情だけでは持続しない。
「親族だから」と抱え込まず、行政と専門職を最大限活用する。そして何より、自分の人生を守ることを最優先にする。
2050年に143万人へと膨らむ“制度の空白”。それは社会問題であると同時に、現役世代にとっての経済リスクでもある。備えるか、巻き込まれるか。その分岐点は、意外なほど早く訪れる。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)