「老後の命綱」が暗転、住宅リースバック…金利上昇で迫る“売却損失”の危機

●この記事のポイント
日銀の利上げを機に、住宅リースバックの家賃値上げ・買取価格下落・買い戻し困難という三重苦が顕在化。国民生活センターへの相談は5年で約4倍に急増。定期借家契約の落とし穴や業者の不透明な査定実態を解説し、リバースモーゲージとの比較など5つの防衛策を提示する。

「自宅を売却して現金を得ながら、そのまま住み続けられる」――。老後資金に不安を抱える60代以上の世代から絶大な支持を集めてきた「住宅リースバック」が、いま深刻な転換期を迎えている。日本銀行の政策転換に伴う金利上昇が、利用者の生活基盤を根底から揺さぶり始めているのだ。かつて「老後の切り札」と呼ばれたこのスキームは、なぜ「損失の罠」へと変貌しつつあるのか。

●目次

急拡大した市場に、金利という「伏兵」

 住宅リースバックとは、自宅を不動産会社などの運営会社に売却し、元所有者がその会社と賃貸借契約を結んで月々の家賃を払いながら住み続ける仕組みだ。売却で得た資金を老後の生活費や医療費に充てられる点が評価され、市場規模は2010年代後半から急拡大。国土交通省の調査によれば、リースバック事業者は2020年代に入って300社を超え、特に首都圏・近畿圏を中心に高齢者への営業活動が活発化している。

 しかし、このビジネスモデルの根幹には「金融」の論理が深く組み込まれている。運営会社の多くは、物件を買い取るための資金を銀行融資で調達しており、低金利時代には安価な調達コストのもとで安定した収益を上げてきた。その前提が、2024年以降の日銀の利上げ局面で崩れ始めた。

「リースバック事業者の収益モデルは、金利と賃料利回りの鞘(さや)で成立しています。調達コストが上がれば、その分を賃料に転嫁するか、買取価格を引き下げるかしか選択肢がありません。利用者にとって、どちらも不利な話といえます」 (不動産ファイナンスに詳しいファイナンシャルプランナー・田中真一氏)

家賃が「想定外」に跳ね上がるメカニズム

 金利上昇がリースバック利用者に最初に牙をむくのが、「家賃(リース料)の値上げ」だ。多くの契約書には家賃改定条項が盛り込まれており、更新時などに「市場金利の変動」や「物価上昇」を理由として値上げを要求されるケースが続出している。

 東京都内に暮らす70代の女性(仮名・佐藤ミチ子さん)は、2022年にリースバックで自宅マンションを売却し、月14万円の家賃で契約を結んだ。ところが2024年の更新時、運営会社から「月16万8000円への改定が必要」と通知が届いた。「売ったお金を老後の生活費に使う計画だったのに、家賃の値上がりで全部消えていく」と語る。

 こうした事態が生じる背景には、リースバック契約が「定期借家契約」で結ばれているケースが多いという事情もある。定期借家では契約更新の拒否が可能であり、更新を希望する利用者が家賃値上げを受け入れざるを得ない交渉構造になっている。

「普通借家契約であれば借主保護が手厚いが、リースバックでは定期借家が標準的に使われます。更新を迫られるたびに家賃交渉が発生し、高齢の利用者が不利な立場に追い込まれやすいのが実情です」(同)

「買い叩き」の加速と、遠のく買い戻しの夢

 金利上昇は家賃だけでなく、買取価格にも影を落としている。不動産市場において金利上昇は価格の下落圧力として働く。運営会社は将来の再販価格(出口)を見据えて現在の買取価格を算定するが、先行き不透明な局面ではリスクヘッジのために査定を厳しくせざるを得ない。

 市場価格の70〜80%程度が標準とされていたリースバックの買取価格は、足元では60%台にまで圧縮されるケースも出ており、「実質的な損失」はさらに拡大している。

 加えて、多くの利用者が胸に抱く「いつか余裕ができたら買い戻したい」という希望も、金利環境の変化によって現実味を失いつつある。買い戻し価格は当初の売却価格に各種手数料や業者の利益を上乗せして設定されるが、ここに金利変動リスクが加味されると、当初価格の1.3〜1.5倍に膨らむ例も珍しくない。

「買い戻し特約の行使価格を固定していない契約では、事実上の買い戻しは不可能に近いです。高齢者が将来の資産を業者に安価に引き渡す構図になっています」
 (不動産相談センターで相談員としても活動する司法書士)

「家への執着」が判断を狂わせる 業者が突く高齢者の弱み

 なぜ、これほどリスクが顕在化しているにもかかわらず、高齢者がリースバックに引き寄せられてしまうのか。その核心には「住み慣れた家を離れたくない」という切実な心理がある。

 通常の売却(仲介)であれば市場価格で売れる可能性が高い。しかし、その場合は引っ越しを余儀なくされる。高齢者にとって住環境の変化は心身への負担が大きく、また高齢者への「貸し渋り」が常態化している賃貸市場において、「今の家に住み続けられる」選択肢は魔法のように輝いて見える。

 業者側もこの「弱み」を巧みに利用する。「固定資産税の負担がなくなります」「まとまった現金がすぐに手に入ります」――耳当たりの良いメリットを前面に押し出し、将来の家賃変動リスクや定期借家契約のデメリットについての説明を曖昧にするケースが指摘されている。国民生活センターにはリースバックに関する相談が近年急増しており、2023年度の相談件数は5年前の約4倍に達した。

「固定資産税がなくなるというメリットは本当ですが、マンションであれば管理費・修繕積立金は間接的に家賃に上乗せされるのが通例です。インフレ局面では持ち家という実物資産を手放し、物価に連動して上昇し得る家賃を払い続けるリスクを見落としてはいけません」(田中氏)

「リースバック=安心」という神話の崩壊 規制強化の動向

 こうした問題が社会的に注目されるにつれ、行政も動き始めた。国土交通省は2023年に「不動産取引に関するリースバックガイドライン」を策定・公表し、業者に対して買取価格の根拠説明や将来の家賃変動リスクの開示を求めるよう指針を示している。

 しかし、業界全体への法的拘束力は限定的であり、悪質業者の排除には至っていないのが現状だ。弁護士やFPなどの専門家からは「リースバックを金融商品的な観点から規制する法的枠組みが必要」という声が上がっている。

「現状は事業者の自主規制に依存する部分が大きい。高齢者保護の観点から、少なくとも家賃改定ルールの事前開示義務化と、一定期間の中途解約権を借主に認める立法措置を検討すべき段階に来ている」 (高齢者法務に詳しい都内の弁護士)

いま検討・継続する人が取るべき「5つの防衛策」

 リースバック=安心という図式はすでに崩壊した。これから利用を検討する人、あるいはすでに契約中の人は、以下の防衛策を徹底すべきだ。

(1)リバースモーゲージとの比較検討を必ず行う
所有権を手放さずに自宅を担保に融資を受けられる「リバースモーゲージ」は、資産防衛の観点からリースバックより有利な場合が多い。特に、自宅の評価額が高い都市部では有効な選択肢となり得る。ただし、金融機関ごとに条件が異なるため、複数行での比較検討が不可欠だ。

(2)複数の業者から必ず相見積もりを取る
リースバックの買取価格と賃料設定は業者間で大きく異なる。1社だけの提示を鵜呑みにすることは禁物だ。最低でも3社以上から査定を取り、条件を比較した上で判断する。

(3)契約書の「特約」を死守する
交渉の場では以下の条項の書面化を強く求めること。将来の家賃上昇上限(例:年○%以内)の明記/買い戻し価格の固定または算定方式の明確化/居住期間の保証(定期借家の場合は更新拒否の条件の明示)。これらがない契約は、将来的に業者有利の一方的な条件改定を許す温床になる。

(4)「普通借家契約」での締結を要求する
定期借家契約は期間満了で強制退去が可能であり、高齢者にとって著しくリスクが高い。可能であれば普通借家契約を求めること。業者が応じない場合は、他の選択肢を検討すべきサインと受け止めるべきだ。

(5)必ず独立した専門家(弁護士・FP)に契約書を確認してもらう
業者が紹介する専門家は利益相反の恐れがある。必ず自分で探した、業者と利害関係のない弁護士またはファイナンシャルプランナーに契約書の精査を依頼すること。公益財団法人日本FP協会や各都道府県弁護士会の相談窓口を活用したい。

「感情」ではなく「計算」で判断を

 住宅リースバックは決して「魔法の杖」ではない。それは、自らの資産を削りながら「今の住環境」を延命させる、きわめて高コストの金融的取引に他ならない。

 金利上昇という新たなフェーズに入った今、高齢者とその家族に求められるのは、「住み慣れた家に住み続けたい」という正当な感情を、冷静な数字と法的知識で補完する姿勢だ。老後の資産は、一度失えば取り戻すことが極めて難しい。焦らず、比較し、専門家を使う――その一手間が、生涯の生活基盤を守る盾となる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、、協力=田中真一/相続コンサルタント、ファイナンシャルプランナー)