●この記事のポイント
東京都の新設住宅着工戸数は2025年に3年連続減少し、特に分譲マンションは前年比8.9%減、都心10区では10%超減と供給不足が深刻化している。背景には土地価格・建築コスト・人件費の高騰があり、供給は富裕層向けに偏重。23区の新築マンションは平均1億円超に達し、実需層は約6000万円の郊外戸建てへシフトしている。コスト主導の高騰構造により、短期的な価格下落は起きにくい局面に入った。
「これだけ高くなれば、そろそろ下がるはず」――。東京の不動産市場を前にして多くの購入検討者が抱くこの期待は、現実には裏切られ続けている。
むしろ足元のデータが示しているのは、価格調整どころか「物理的に供給が足りない」という、より深刻な局面への突入だ。住宅価格の高止まりは一時的なバブルではなく、構造的な供給制約によって支えられている可能性が高い。
●目次
- 3年連続の着工減が示す「供給枯渇」という異常事態
- デベロッパーの“選別”が生む供給の歪み
- 23区からの“開発撤退”…市部で進む供給シフト
- 「1億円マンション」からの撤退…実需が流れ込む戸建て市場
- 「待てば下がる」は成立しない構造へ
- 東京不動産市場が突きつける「残酷な現実」
3年連続の着工減が示す「供給枯渇」という異常事態
東京都が公表した2025年の新設住宅着工戸数は12万2130戸と、前年比0.8%減。これで3年連続の減少となった。特に注目すべきは、資産価値を左右する分譲住宅の動向だ。分譲住宅は4万1209戸(前年比5.9%減)と6年連続の減少。なかでも分譲マンションは2万4238戸(同8.9%減)と減少に転じている。
さらに都心部の落ち込みは顕著だ。千代田・中央・港などを含む都心10区では前年比10.1%減と、4年連続で供給が縮小している。この状況について、不動産ジャーナリストの秋田智樹氏は次のように指摘する。
「現在の東京市場は“需要過多”というより“供給不全”です。土地取得競争の激化、建築コストの上昇、施工人材の不足が重なり、デベロッパーは供給を増やしたくても増やせない状況。結果として市場に出る物件数自体が減少し、価格が下がる余地が消えているのです」
つまり、価格高騰の本質は「人気があるから高い」のではない。「作れないから高い」という、より厄介なコスト主導型のインフレ構造にある。
デベロッパーの“選別”が生む供給の歪み
では、なぜ供給がここまで細っているのか。その背景には、事業採算の急激な悪化がある。土地価格の上昇に加え、建築資材の高騰、そして慢性的な人手不足による労務費の上昇。三重苦ともいえる状況のなかで、デベロッパーは開発案件の「選別」を強めている。
「現在の新築マンション開発は、“確実に利益が出る案件”に絞り込まれています。結果として、超高層や駅直結といった高付加価値物件、あるいは富裕層向けの高価格帯物件に偏ります。中間層向けの供給は、採算が合わず消えていく構造です」(秋田氏)
この“供給の選別”こそが、価格の二極化を加速させている。都心マンションはもはや「居住のための住宅」というより、「資産としての金融商品」に近づきつつある。
23区からの“開発撤退”…市部で進む供給シフト
一方で、供給の重心は確実に変化している。23区が軒並み減少するなか、多摩地域などの市部では2万8659戸(前年比17.7%増)と大幅な増加を記録した。
これは偶然ではない。23区内では用地取得が困難になり、開発余地が急速に縮小しているため、デベロッパーが郊外へと軸足を移しているためだ。
「中央線・京王線・小田急線沿線など、従来は“郊外”と見られていたエリアが、いまや主戦場になっています。特に駅徒歩圏のまとまった土地は希少で、開発競争はむしろ激化しているのです」(同)
この動きは、単なる供給側の事情にとどまらない。需要側――すなわち実需層の行動変化とも密接に連動している。
「1億円マンション」からの撤退…実需が流れ込む戸建て市場
2025年第4四半期のデータは、その変化をより鮮明に映し出している。マンション着工が12.7%減(3期連続減)となる一方で、一戸建ては6.4%増(2期連続増)と対照的な動きを見せた。背景にあるのは、圧倒的な価格差だ。
・23区の新築マンション平均価格:1億円超
・東京都の戸建て平均価格:約6000万円
この差は、単なる選好の違いではなく「購入可能性」の問題である。都内の不動産鑑定士は次のように指摘する。
「6000万円前後は、共働き世帯が現実的に借りられる住宅ローンの上限に近い水準です。一方、1億円マンションは完全に別の市場に移行しています。結果として、実需層は選択肢として戸建てに流れざるを得ないのです」
ただし、その「戸建て」の中身も変質している。駅徒歩20分以上、バス便、あるいは敷地面積が極端に小さい「狭小戸建て(ペンシルハウス)」といった物件が増加。利便性や居住環境を犠牲にしてでも「所有権」と「広さ」を確保する動きが広がっている。これは選択というより、“追い込まれた結果”に近い。
「待てば下がる」は成立しない構造へ
では、今後価格は下がるのか。結論から言えば、短期的な下落を期待するのは現実的ではない。
第一に、供給不足が解消する兆しが見えない。着工戸数の減少が続く限り、市場に在庫が積み上がる構図にはならない。
第二に、価格上昇が需要主導ではなくコスト主導である点だ。建設コストが高止まりする限り、デベロッパーは価格を下げることができない。
第三に、市場の二極化が固定化している。都心マンションは投資対象・富裕層向けアセットとして、郊外戸建ては実需の受け皿として、それぞれ別の市場として機能し始めている。
金融面からもこの構造は補強される。ある金融機関の住宅ローン担当者はこう語る。
「金利が上昇局面に入っても、供給が限られている以上、価格が大きく崩れる可能性は低いです。むしろ購買力が低下することで、“買える人”がさらに限られる方向に働くでしょう」
東京不動産市場が突きつける「残酷な現実」
いまの東京市場が示しているのは、極めてシンプルで、しかし厳しい現実だ。「待てば安くなる」という前提は、もはや成立しない。供給が増えない限り、価格は高止まりする。
そして、その間に購買力はじわじわと削られていく。
結果として起きているのは、実需層の“下方シフト”だ。都心マンションを諦め、郊外へ。利便性を手放し、狭小住宅へ。この流れは2026年に入っても続く可能性が高い。むしろ今後は、「どこで妥協するか」が住宅購入の最大のテーマになるだろう。
不動産市場は、単なる資産価格の問題ではない。それは都市の構造、そして生活の質そのものを変える力を持つ。
東京の住宅価格が下がらないという事実は、同時に「誰がこの都市に住み続けられるのか」という問いを、私たちに突きつけている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)