●この記事のポイント
生成AIの急拡大により、TSMCの3ナノ半導体製造ラインを巡る需給が逼迫し、アップルの「iPhone 17」に供給遅延リスクが浮上している。エヌビディアのAI向けGPUは高収益であるため、TSMC内での生産優先順位が変化し、従来優位にあったスマートフォン向け半導体が圧迫される構図だ。さらに、OpenAIやグーグル、アマゾンの独自チップも製造はTSMCに集中しており、「設計分散・製造集中」という構造的ボトルネックが顕在化。台湾の地政学リスクも重なり、TSMCは世界経済の“単一故障点”となりつつある。分散化の必要性が高まる一方、代替手段は依然限定的である。
世界のテクノロジー産業を支える半導体サプライチェーンに、静かだが確実な異変が生じている。焦点は、最先端ロジック半導体で圧倒的なシェアを握る台湾のTSMC(台湾積体電路製造)だ。
生成AIブームによる需要爆発の裏で、アップルの次世代スマートフォン「iPhone 17」の生産に遅延リスクが浮上している。これは単なる製品供給の問題ではない。世界のデジタル経済が、いかに「一社依存」という危うい構造の上に成り立っているかを象徴する事象といえる。
●目次
「3ナノ争奪戦」…AIが奪うスマホ向け生産枠
現在、スマートフォンやAIサーバーの性能を左右する最先端プロセス「3ナノメートル(nm)」の量産において、TSMCは事実上の独占状態にある。アップルは長年にわたり同社の最大顧客として優先的に製造枠を確保してきたが、その構図が揺らぎ始めている。
最大の要因は、エヌビディアの急成長だ。生成AI向けGPUの需要は爆発的に拡大し、同社の次世代AI半導体「Rubin」もTSMCの最先端ラインでの製造が見込まれている。
ここで重要なのは「利益構造」の違いである。スマートフォン向けSoC(複数の機能を一つのチップにまとめる技術集約型の半導体)に比べ、AIデータセンター向け半導体は単価・利益率ともに桁違いに高い。TSMCにとっても、限られた先端ラインをどの顧客に割り当てるかは極めて合理的な経営判断となる。
結果として、従来は“絶対的優先顧客”であったアップルでさえ、製造キャパシティ確保で後手に回る可能性が現実味を帯びている。元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏は、こう指摘する。
「これまでTSMCはアップル中心の需給設計でしたが、AI半導体の登場で“収益最大化モデル”へと明確にシフトしています。製造枠はもはや長期契約だけでなく、収益性と成長性で再配分される局面に入ったといえます」
「脱エヌビディア」が生む逆説的な集中
さらに問題を複雑にしているのが、テック企業各社による「エヌビディア依存からの脱却」の動きだ。一見すると供給分散が進むように見えるが、実態は逆である。
OpenAIはブロードコムと連携し独自AIチップの開発を進めているとされるが、製造委託先はTSMCが有力視されている。グーグルやアマゾンも、自社開発のカスタムチップ(ASIC)を拡大しているが、その多くはTSMCの先端プロセスに依存している。
つまり、「設計」は分散しても、「製造」はむしろTSMCへと収束しているのだ。この構造について、岩井氏は次のように分析する。
「現在の半導体産業は“ファブレス化”の完成形に近づいています。設計競争は激化している一方、最先端製造はTSMC一極に集約されています。これは競争ではなく、むしろ“集中の深化”です」
この「設計の多様化 × 製造の集中」というねじれ構造こそが、現代の半導体供給網の最大の脆弱性といえる。
地政学リスクが突きつける「単一故障点」
こうした構造にさらに影を落とすのが、台湾を巡る地政学リスクである。中国による軍事的圧力や経済的摩擦が激化すれば、TSMCの供給網が寸断される可能性は否定できない。
その影響は半導体産業にとどまらない。AI開発、クラウドインフラ、スマートフォン、自動車──あらゆる産業が連鎖的に機能停止に陥るリスクを孕む。この点について岩井氏はこう警鐘を鳴らす。
「TSMCは単なる企業ではなく、“グローバル公共財”に近い存在になっています。その供給が止まることは、エネルギー危機に匹敵する経済ショックを引き起こしかねない」
まさにTSMCは、世界経済における「単一故障点(Single Point of Failure)」となりつつある。
もちろん、各国もこのリスクを認識していないわけではない。米国ではインテルがファウンドリー事業の再強化を進め、韓国のサムスン電子も先端プロセスで巻き返しを図る。
日本では国策企業ラピダスが2ナノ半導体の開発を進めており、2027年後半の量産開始を目指している。
しかし現時点では、いずれもTSMCの技術水準や歩留まり、量産能力に匹敵する段階には至っていない。
「先端半導体は“設備投資競争”であると同時に、“時間との戦い”でもあります。TSMCはすでに数年先を走っており、短期的に追いつくことは極めて難しい」(同)
つまり、代替候補は存在するものの、「今すぐ機能する代替」は存在しないというのが実情だ。
iPhone 17は“象徴”にすぎない
仮にiPhone 17の生産遅延が現実となれば、それは単なるアップルの問題では終わらない。半導体供給網の脆弱性が、消費者向け製品という最も分かりやすい形で顕在化する「象徴的事件」となるだろう。
そして同様のリスクは、自動車や産業機械、さらにはAIインフラにも波及する可能性が高い。
重要なのは、今回の問題が「需給逼迫」という一時的な現象ではなく、「構造的集中」という長期的課題である点だ。
では、このリスクにどう対処すべきか。答えは単純な「脱TSMC」ではない。むしろ現実的には、以下の複合的なアプローチが求められる。
第一に、製造拠点の地理的分散。TSMC自身も米国・日本での工場建設を進めているが、そのスピードと規模は依然として限定的だ。
第二に、設計と製造の最適化。最先端ノードに依存しないアーキテクチャ設計や、用途別の半導体分散も重要になる。
第三に、国家レベルでの産業政策。補助金や規制を通じたファウンドリー育成は、もはや経済安全保障の中核課題となっている。岩井氏はこう総括する。
「半導体は“効率性”から“レジリエンス”の時代に入りました。多少コストが上がっても供給を分散します。それが企業にも国家にも求められる新しい合理性です」
効率か安全か、そのトレードオフの臨界点
TSMCへの一極集中は、技術的合理性の帰結であると同時に、極めて危険な構造でもある。
AI半導体バブルは、この集中をさらに加速させた。そしてその歪みは、iPhone 17という具体的な製品リスクとして表面化しつつある。
効率性を極限まで追求した結果、システム全体が脆弱化する──これは半導体に限らず、現代のグローバル経済が抱える共通のジレンマだ。
いま問われているのは、「最も安く、最も速く」ではなく、「いかに持続可能な供給網を構築するか」である。
その答えが見つからない限り、次に起きるのはiPhoneの遅延では済まないかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)