●この記事のポイント
生成AI市場で続いてきたOpenAIの「一強体制」が揺らいでいる。2026年、アンソロピックは約300億ドル(約4.6兆円)を調達し、売上は前年比10倍と急拡大。法人向けAI「Claude」や自律型エージェント「Cowork」が企業導入を加速させている。一方、グーグルは100年債を含む社債発行で約200億ドル(約3.1兆円)を調達し、AIインフラ投資を強化。AI競争は技術優位から資本力・収益性重視へと転換し、業界構造は「アンソロピック」「グーグル」「OpenAI」の三極体制へ移行しつつある。AI覇権は“資本戦争”の局面に入った。
生成AIが世界を一変させたChatGPTの登場から約3年。市場を牽引してきたOpenAIの「独走体制」に、いま明確な綻びが見え始めている。
その最大の要因が、同社の元メンバーらが設立したアンソロピック(Anthropic)の急成長だ。加えて、検索の王者グーグル(Google)も異例の資金調達に踏み切り、AI投資競争は新たなフェーズへと突入している。
2026年現在、AI業界はもはや「技術競争」ではない。巨額の資金を背景にした“資本戦争”の様相を呈している。
●目次
4.6兆円調達、売上10倍…アンソロピックの“異常成長”
2026年2月、アンソロピックは総額300億ドル(約4兆6000億円)という巨額の資金調達を発表した。出資にはシンガポール政府系ファンドGIC、エヌビディア、マイクロソフト、ゴールドマン・サックスなどが名を連ね、評価額は3800億ドルに達したとされる。
この数字以上に市場を驚かせたのが、その成長速度だ。関係者によれば、同社の売上は前年比で約10倍に拡大。OpenAIの約3倍成長を大きく上回るペースで拡大している。
背景にあるのは、AI投資の「質的転換」である。かつてはユーザー数や話題性といった“スケール指標”が重視されていたが、現在は「どれだけ確実に収益化できるか」が問われる局面に移行している。ITジャーナリストの小平貴裕氏は、こう指摘する。
「生成AIは“実験段階”から“インフラ段階”へと移行した。投資家の関心も、ユーザー数ではなく、契約単価や継続率といったB2B指標に完全にシフトしている。アンソロピックはこの転換を最も的確に捉えた企業だ」
「ChatGPTよりClaude」企業が選ぶ理由
アンソロピックの強みは、明確に「法人向け」にフォーカスした戦略にある。主力モデル「Claude(クロード)」は、高い安全性と長文処理能力を武器に、金融・法務・ITといった分野で急速に導入が進んでいる。
さらに2026年1月に投入された自律型エージェント「Cowork(コワーク)」は、資料作成、コード生成、データ分析といった業務を横断的に実行する“デジタル労働力”として評価を高めている。実際の導入現場では、象徴的な変化が起きている。
ある大手金融機関のIT責任者は次のように語る。
「OpenAIは消費者に“驚き”を提供したが、アンソロピックは企業に“生産性”を提供した。ROI(投資対効果)で見れば、後者のほうが明らかに説明しやすい」
特筆すべきは、OpenAIと資本関係にあるマイクロソフトや、独自AI戦略を進めるAppleといった企業が、開発現場でアンソロピックのツールを併用している点だ。これは単なる競争ではなく、「用途ごとの最適AIを選ぶ」マルチベンダー時代の到来を示唆している。
グーグル、100年債で3兆円調達
こうした新興勢力の台頭に対し、既存のテック巨人も黙ってはいない。アルファベットは2026年、償還期間100年という異例の「センチュリー・ボンド(100年債)」を含む社債発行により、約200億ドル(約3兆1000億円)を調達した。
通常、企業が発行する社債の期間は10年から30年程度にとどまる。100年債は国家や超優良企業に限られる極めて例外的な手法であり、それだけ同社が長期的なAI投資にコミットしていることを意味する。戦略コンサルタントの高野輝氏はこう分析する。
「AI開発は、もはやソフトウェア産業ではない。データセンター、電力、半導体を含む“重厚長大産業”に変質している。グーグルの100年債は、その構造変化を象徴する出来事だ」
実際、同社のAIモデル「Gemini」は、Google Workspaceとの統合を軸に企業導入を急拡大させている。検索、クラウド、オフィスソフトという既存資産をフル活用できる点は、他社にはない圧倒的な強みだ。
現在のAI競争の本質は、アルゴリズムの優劣だけではない。むしろ、どれだけの計算資源を確保し、それを持続的に運用できるかという「資本効率」の競争へとシフトしている。
大規模言語モデルの開発には、数兆円規模の投資が必要とされる。加えて、運用段階でも膨大な電力コストとGPU投資が継続的に発生する。前出の小平氏はこう続ける。
「AIは“作って終わり”ではなく、“回し続けるビジネス”だ。したがって、資本市場から継続的に資金を引き出せる企業しか生き残れない」
この観点から見ると、巨額調達に成功したアンソロピックと、圧倒的なキャッシュフローを持つグーグルが優位に立つ構図は極めて合理的だ。
AIは「2強+1」の時代へ
一方で、先行者であるOpenAIは難しい局面に直面している。最大の課題は、膨張するコスト構造と収益化のバランスだ。ChatGPTの普及によりユーザー基盤は圧倒的だが、その分、推論コスト(推論時の計算資源負担)も増大している。
さらに、内部のガバナンス問題や人材流出の報道も相次ぎ、組織としての安定性にも疑問符がつき始めている。金融アナリストの川﨑一幸氏はこう指摘する。
「OpenAIは“最も有名なAI企業”である一方、“最もコスト構造が重い企業”でもある。ユーザー数と収益が必ずしも比例しない点が、最大のリスクだ」
もちろん、同社も新モデルの投入やAPIビジネスの拡大などで巻き返しを図っている。しかし、競争環境はもはや「独走」を許す段階にはない。
こうした動きを総合すると、AI業界の勢力図は明確に変化している。従来の「OpenAI一強」から、アンソロピック(法人特化)、グーグル(インフラ統合)、OpenAI(消費者基盤)という「2強+1」の三極構造へと移行しつつある。
重要なのは、この競争が単なる企業間競争にとどまらない点だ。各社の背後には、国家、金融機関、半導体企業といった巨大なプレイヤーが控えており、AIはすでに“国家安全保障レベルの産業”へと格上げされている。
かつてのブラウザ戦争、スマートフォンOS競争が示したように、テクノロジーの世界では先駆者が覇者であり続ける保証はない。むしろ、インフラ化が進むほど、資本力と収益モデルを持つ企業が優位に立つ傾向が強まる。2026年のAI市場は、まさにその転換点にある。
アンソロピックの急成長は「実利への回帰」を、グーグルの資金調達は「資本戦争の本格化」を象徴している。そしてその間で、OpenAIは“先駆者ゆえの重荷”と向き合っている。
AIの主役は交代するのか。それとも、三極が拮抗する長期戦に突入するのか。確かなのは、もはやこの競争が「数社の覇権争い」にとどまらず、世界経済そのものの構造を左右する段階に入ったという事実である。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕/ITジャーナリスト)