●この記事のポイント
米中対立の激化を背景に、中国の半導体産業が急速に台頭し、生産能力で世界シェア24%と首位に浮上した。SMIC・YMTC・CXMTを中核に、国家主導の巨額投資と内製化戦略が結実し、EUV装置なしでもDUV多重露光により7ナノ相当の量産を実現。米国の対中規制はエヌビディア製GPU依存からの脱却を促し、結果的に国産チップ需要を拡大させた。一方、東京エレクトロンやSCREENなど日本の装置メーカーは対中売上比率が約4割と高く、「国産化による市場喪失」と「規制強化による輸出断絶」という二重リスクに直面。中国依存からの脱却と、ラピダスや新興市場へのシフトが急務となっている。
2025年、世界の半導体勢力図は決定的な転換点を迎えた。米中対立の激化により、中国の半導体産業は停滞、あるいは壊滅に向かうとの見方も根強かったが、現実は正反対の展開となった。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)と米国半導体工業会(SIA)の分析によれば、中国の半導体生産能力は世界シェア約24%に達し、台湾や韓国を上回る“世界首位”に浮上したとされる。
米国の輸出規制という強烈な逆風を、中国はいかにして成長の追い風へと転換したのか。そしてその裏側で、日本企業はどのような構造的リスクに直面しているのか。本稿では、国家戦略、技術革新、サプライチェーンの再編という3つの視点から、その実像に迫る。
●目次
- 10年越しの国家戦略が結実、「三銃士」が牽引
- 米国規制の「誤算」――エヌビディア依存からの脱却
- EUVなき7ナノ…“力技”の技術革新
- 日本メーカーに迫る「2つの構造リスク」
- 問われる「ポスト中国」戦略
- 覇権の移行はすでに始まっている
10年越しの国家戦略が結実、「三銃士」が牽引
中国の躍進の起点は、2015年に掲げられた産業政策「中国製造2025」にある。当初は理想論との評価も多かったが、10年を経てその成果は数字として顕在化した。生産能力シェアは当時の約12%から倍増し、米国(約11%)を大きく引き離している。
この成長を支えたのが、政府系投資ファンド「国家集積回路産業投資基金(通称・大基金)」による巨額資金の供給だ。数兆円規模ともいわれる投資が、設計・製造・材料・装置に至るまで広範に投じられた。
とりわけ象徴的なのが、以下の3社の台頭である。
・SMIC(中芯国際):中国最大のファウンドリ。成熟プロセスを軸に急拡大し、先端領域でも存在感を強める
・YMTC(長江存儲):NANDフラッシュで技術水準を急速に引き上げ、価格競争力でも優位性を確立
・CXMT(長鑫存儲):DRAMの国産化を実現し、メモリ分野での自給体制を構築
これらを核に、中国は設計から製造、後工程、材料、装置までを内包する“半導体エコシステム”を急速に整備した。
元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏はこう指摘する。
「中国の強みは単なる企業の競争力ではなく、“国家としての最適化”にある。採算よりも供給安定や技術蓄積を優先できる点が、民間主導の他国とは決定的に異なる」
米国規制の「誤算」――エヌビディア依存からの脱却
米国の対中輸出規制は、AI向け半導体など最先端領域を封じ込めることで、中国の技術発展を抑制する狙いがあった。特にエヌビディア製GPUの供給制限は、その象徴といえる。
しかし、中国側の対応は想定以上に戦略的だった。米国が性能制限付きの「中国向けチップ」の供給を容認する余地を見せると、中国政府はむしろそれを拒む方向に動いた。国内企業に対し、国産チップの優先採用を促す“非公式な誘導”が行われたとされる。
その結果、エヌビディアにとって最大級の市場であった中国におけるシェアは大きく低下。一方で、国内チップメーカーの需要は急拡大した。
外資系半導体企業でアジア戦略を担当した経験を持つ戦略コンサルタントの高野輝氏は、次のように分析する。
「米国の規制は“供給遮断”には成功したが、“需要創出”という意味では中国側に利した側面がある。結果として、中国は自給自足に向けた学習曲線を一気に加速させた」
EUVなき7ナノ…“力技”の技術革新
半導体製造において最大のボトルネックとされるのが、オランダASMLが独占するEUV(極端紫外線)露光装置だ。米国の規制により、中国はこの最先端装置へのアクセスを事実上遮断されている。
それにもかかわらず、中国は別の道を選んだ。SMICは、旧世代のDUV(深紫外線)露光を複数回繰り返す「多重露光」技術を駆使し、7ナノ相当の半導体を量産。ファーウェイのスマートフォンへの搭載を通じて、その実用性を示した。
この手法はコストや歩留まりの面で不利とされてきたが、中国は圧倒的な資本投下と試行回数によってそれを克服しつつある。
前出の岩井氏はこう語る。
「理論的に非効率でも、“やり切る資本力”があれば現実を変えられる。中国の半導体開発は、技術革新というより“工業的な執念”に近い」
日本メーカーに迫る「2つの構造リスク」
この変化の中で、最も微妙な立場に置かれているのが日本の半導体製造装置メーカーだ。東京エレクトロン、SCREENホールディングス、ディスコなどは、いずれも世界トップクラスの競争力を誇り、足元の業績も好調に推移している。
しかし、その収益構造を精査すると、中国依存の高さが際立つ。
・東京エレクトロン:約45%
・SCREEN:約42%
・ディスコ:約35%
現在の好業績は、中国企業による“駆け込み投資”と、成熟ノードへの設備投資拡大に支えられている側面が強い。
だが、この状況は長期的には2つのリスクを内包する。
(1)国産化による市場喪失
中国ではNAURA(北方華創)などの装置メーカーが急速に台頭している。現時点では技術差があるものの、数年単位でキャッチアップする可能性は否定できない。自給率が高まれば、日本製装置は市場から排除される恐れがある。
(2)地政学リスクによる「断崖」
米国の規制がさらに強化されれば、日本企業は中国向け輸出を制限される可能性がある。売上の4割前後を占める市場が一夜で消失するリスクは、経営にとって致命的だ。
岩井氏はこう警鐘を鳴らす。
「日本企業は“短期的には最大顧客、長期的には最大の競合”という矛盾した相手に依存している。この構造を放置すれば、いずれ収益基盤そのものが揺らぐ」
問われる「ポスト中国」戦略
中国が半導体生産能力で世界首位に立ったという事実は、単なる順位の問題ではない。それは、サプライチェーンの重心が不可逆的に移動しつつあることを意味する。
今後、家電や自動車、産業機器の多くが「中国製半導体」を前提とした設計になる可能性は高い。これは、日本企業にとって競争環境の前提条件が変わることを意味する。
では、活路はどこにあるのか。
一つは、北米やインドなど新興市場へのシフトだ。もう一つは、ラピダスを軸とした国内半導体産業の再構築である。先端ロジック分野での巻き返しが実現すれば、日本企業は再びサプライチェーンの中核に返り咲く余地もある。
ただし、時間は限られている。前出の高野氏は次のように指摘する。
「中国市場での成功体験に依存し続ければ、気づいたときには“代替可能な存在”になっている。重要なのは、利益が出ている今のうちに次の収益源を育てることだ」
覇権の移行はすでに始まっている
米国の規制は、中国の半導体産業を止めるどころか、むしろその進化を加速させた側面がある。国家主導の資本投入、内製化の徹底、そして市場の強制的なシフト。この3つが組み合わさったとき、産業構造は短期間で書き換えられる。
日本企業にとって現在の“中国特需”は確かに魅力的だ。しかしそれは同時に、未来の競合を育てる過程でもある。
半導体という“産業のコメ”をめぐる覇権争いは、すでに次のフェーズに入った。問われているのは、中国の台頭をどう評価するかではない。それを前提に、どこへ向かうのかという戦略そのものだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)