僧侶に求められるのは「法話」よりも「タイムキープ」…僧侶が葬儀社に抱く複雑な思いとは? – ニュースな本

かつて葬儀といえば、僧侶が中心となって執り行うものだった。しかし現在、多くの葬儀で主導権を握っているのは葬儀社。いまや僧侶は葬儀社にキャスティングされ、決められた時間にお経を読み、静かに帰っていくだけの存在になりつつある。楽にお金は稼げる一方で、僧侶の本分からは程遠い…。この歪んだ葬儀の現状を、僧侶たちはどう受け止めているのか?※本稿は、『宗教問題』編集長の小川寛大『誰が「お寺」を殺すのか』(宝島社新書)の一部を抜粋・編集したものです。