「日本をカーボンクレジットのルールメーカーに」官民一体で挑む“品質”と“実装”の最前線

●この記事のポイント
・日本がカーボンクレジットのルールメーカーを目指す──Green Carbon大北氏が宣言。水田メタン削減技術をアジア全域に展開し、「緑インフィニティ」として農林水産省も後押しする官民連携の動き。
・JAXA衛星×大阪ガスAI評価で品質を担保──レーダー衛星で水田をモニタリングし、生成AIが87基準でグリーンウォッシュリスクを定量評価。COP30を見据えた高品質基準への移行が加速。
・インセットが農業GXの本命に──兼松・農林中金・ファミリーマートが実践。コメと環境価値をセットで流通させるサプライチェーンが具体化し、カーボンクレジット市場は「量から質」への転換期を迎えている。

 2026年2月3日、東京国際フォーラムで開催された国内最大規模のカーボンクレジット特化型のカンファレンス「Carbon Credits Journal Forum」。Green Carbon株式会社が主催し、農林水産省、大手企業、金融機関、スタートアップ、約1,000名が集結した。

●目次

オープニング基調講演:日本がルールメーカーになる

 冒頭、主催企業のGreen Carbon代表取締役の大北潤氏は「アメリカやヨーロッパではなく、日本がルールメーカーになる」と宣言。カーボンクレジットが単なる償却ツールとして報道される現状を指摘し、創出側の地域貢献や発展途上国支援の思いを伝える場として本フォーラムを位置づけた。特に水田のカーボンクレジットについて、アジアモンスーン地域の主食であるコメの文化を守りながら、メタンガス削減を実現する日本発の取り組みとして、アジア全域への展開を目指すと述べた。大北氏の問題提起は、単なる技術論や市場論ではない。カーボンクレジットを「信頼される社会インフラ」として設計し直すという、制度思想そのものに踏み込む宣言だった。

 農林水産省大臣官房審議官(技術・環境)の西経子氏は、農林水産分野が世界のGHG排出量の約22%を占める一方、気候変動対策資金は全体の4.3%にとどまる現状を説明。「緑インフィニティ」と名付けた農林水産分野GHG排出削減技術海外展開パッケージを紹介し、水田の中干し延長技術やバイオ炭、DNI技術などの海外展開を後押しする政府の取り組みを説明。大北氏の「ルールメーカー」発言を受け、「民間企業がそういう思いを持っていただけるのは非常に心強い」と官民一体の重要性を強調した。

Session①-1:衛星×AIで品質を見える化

 

 デロイトトーマツベンチャーサポート宮澤嘉章氏のモデレートで、JAXAシニアアドバイザの祖父江真一氏と大阪ガス未来価値開発部の岡田和也氏が登壇した。

 JAXAの祖父江氏は、レーダー衛星を活用した水田モニタリングを説明。日本の衛星は波長が長いため、稲が育った後でも稲の下の水の有無を確認できる点が強みだという。雲や雨天でも観測可能で、梅雨時期に作付けする日本の水田に適している。アジア各国と連携し年間を通じた検証を進めているが、水位の絶対値は測定できず、判別精度は7〜8割程度。それでもMRVのコスト削減とスケールアップには衛星技術が不可欠だと強調した。MRVのコストと不確実性が高いままでは、クレジットは金融商品として成立しない。衛星とAIは、その根本課題に対する現実解として提示された。

 大阪ガスの岡田氏は、生成AIを活用したカーボンクレジット品質評価サービス「グリーンチェッカー」を紹介。公開されている計画書やモニタリング報告書を、複数の認証機関基準や最新論文と網羅的に突合し、グリーンウォッシュリスクを定量評価する。87個の基準のうち何個を満たしているかをスコア化し、同じ方法論の他プロジェクトと相対評価できる。岡田氏は「団体ごとの視点や考え方の違いが、グリーンウォッシュ指摘の原因になっている」と指摘した。

 さらに水田の生物多様性評価サービスも展開。中干し前後の水を採取し、DNA分析で魚類や両生類、鳥類の遺伝子を定量的に分析。中干しが生態系に与える影響を科学的に評価する仕組みだ。

 祖父江氏は、JCMやボランタリー市場では衛星利用が認められているが、Jクレジットではまだ議論中だと説明。2026年5月を目処に論文特集号を作成し、グローバルな科学的裏付けを確立する計画を明らかにした。岡田氏は、COP30で各国の炭素ルールを高品質基準で整合させる動きを指摘し、2030年からEUETSで高品質クレジットのみが認められることを例に、日本のクレジットも国際基準に適合していく必要性を強調した。

Session①-2:国際認証機関が語る質的転換

 デロイトトーマツベンチャーサポート深栖大毅氏のモデレートで、国際認証機関のGold Standardのマーケット部門責任者Hugh Salway氏とVerraのアジア太平洋地域(APAC)代表Win Sim Tan氏が登壇した。

 Gold StandardのSalway氏は、100カ国以上で約4000件のプロジェクトを展開し、4億5000万トンのCO2削減を実現してきたことを紹介。環境面の健全性だけでなく、地域コミュニティとの協議や持続可能な開発目標への貢献を重視する姿勢を説明した。ボランタリー市場の退職量はここ数年横ばいだが、企業がより高品質なクレジットを求める傾向が強まっており、特に除去系クレジットやクリーンクックストーブへの需要が高まっていると分析。Science Based Targets Initiative(SBTi)の新基準が市場に大きな影響を与えると予測した。

 VerraのTan氏は、Verified Carbon Standard(VCS)プログラムが95カ国で2万5000件のプロジェクトを登録し、13億トンのクレジットを発行してきたことを説明。カーボンクレジットに加え、生物多様性や持続可能な開発目標の認証プログラムも展開していることを紹介した。

 両氏は、2026年が市場の質的転換期になるとの見方を示した。両認証機関が口を揃えた「質」とは、削減量の多寡ではなく、追加性・恒久性・測定可能性、そして社会的便益を含む総合的な信頼性を指す。

Session②-1:インセットがつなぐ生産者と企業

 日本農業新聞・岡部孝典氏のモデレートで、兼松GXビジネス推進課の橋岡靖氏、農林中央金庫サステナビリティ共創グループの宮島誠史氏、ファミリーマート製造基盤整備部の中里聡信氏が登壇した。

 兼松の橋岡氏は、総合商社としてサプライチェーン構築機能を活かしたインセットの取り組みを説明。生産者に中干し延長やバイオ炭施用などのソリューションを提供し、そこで生産された農作物と環境価値をセットで川下企業に届ける。橋岡氏は「ものと環境価値をセットでサプライチェーンを構築するのがカーボンインセット」と定義。スカイラークとの連携事例では、生産者が中干しを実施して創出したJクレジットを、コメとともにトレーサビリティ付きで提供した。コメ、大豆、トマト、食肉など多様な品目でインセットを展開する方針を示した。

 農林中央金庫の宮島氏は、農林水産業を母体とする金融機関として、クレジット創出支援に取り組んでいることを紹介。インセッティングコンソーシアムを立ち上げ、30社弱のメンバー企業とともに食農セクターのインセット推進と拡大に従事していると説明した。

 ファミリーマートの中里氏は、コンビニのサプライチェーンで環境配慮米を調達し、中食原材料の調達業務に従事する立場からGX推進の実務者として温室効果ガス削減に取り組んでいることを明らかにした。

Session②-2:オフセットの実践

 KPMGコンサルティング村山翔氏のモデレートで、NTTドコモビジネスの熊谷彰斉氏とイトーキの小野寺重人氏が登壇。両社は排出量を直接削減する努力を継続しつつ、どうしても削減しきれない残余排出を埋め合わせる「オフセット」の具体的プロセスを共有した。

 議論を通じて強調されたのは、オフセットは単にクレジットを「買えば終わり」ではないという点だ。企業実務においては、クレジット選定に関する外部への説明責任(アカウンタビリティ)がかつてないほど高まっている。登壇者からは、自社の排出削減努力とオフセットの優先順位をいかに整理し、社内合意を形成していくか、そのプロセスが実務上の大きな重荷となっている現状が共有された。

 特に、どのプロジェクト由来のクレジットを選ぶべきかという「目利き」の難しさが指摘された。不適切なクレジットを選択することで生じるレピュテーションリスクを避けるため、科学的なエビデンスやプロジェクトがもたらす地域貢献度など、多角的な視点から「質」を見極めるための体制構築が急務となっている。

Session②-3:森林クレジットの可能性

 環境ビジネスオンライン宮田寿美礼氏のモデレートで、ジクシス経営企画部の田中保氏と住友林業資源環境事業本部の曽根佑太氏が登壇した。

 ジクシスの田中氏は、カーボンオフセットLPGの普及促進やグリーンLPGの事業開発を推進していることを説明。住友林業の曽根氏は、森林由来カーボンクレジット創出支援と国内の森林・林業コンサルティングに従事していることを紹介した。

 午前から午後前半にかけての議論を通じて浮かび上がったのは、カーボンクレジット市場が量から質への転換期を迎えているという認識だった。日本発の技術と基準で世界をリードするという大北氏の宣言が、衛星技術やAI評価、インセットの実務として具体化しつつある。午後後半では、政策動向と新技術がどのように市場を変えていくかが議論される。

 オフセットは「買えば終わり」ではない。排出削減努力との関係整理、社内合意形成、クレジット選定の説明責任が、企業実務の重荷になっていることが共有された。

 本フォーラム前半を通じて明らかになったのは、日本が目指しているのは「クレジットの量産」ではないという点だ。衛星やAIによる科学的裏付け、国際基準との整合、そしてインセットを通じた実装力。信頼を構成する要素が、具体的な技術と実務として立ち上がりつつある。

 カーボンクレジットは、もはや単なる排出の埋め合わせではない。企業や社会がどのような変革を選び取ったのかを映し出す“証明書”になりつつある。日本発の基準と実装モデルは、その信頼を世界で通用するものにできるのか。答えは、制度と市場が本格稼働する次のフェーズで試される。

 しかし、企業に残された猶予は決して長くはない。2026年度から本格始動する「GX-ETS(排出量取引制度)」は、もはや任意の取り組みではなく、対応を怠れば法令違反のリスクを伴う「経営の必須課題」へとフェーズが変わるからだ。

 続く後編では、数千万トン規模に達すると予想される圧倒的な「需給ギャップ」の衝撃と、それを打破するためのJCM(二国間クレジット制度)活用、そして各省庁が総力を挙げて打ち出す最新の支援策について、より実務的な視点から深掘りしていく。

(取材・文=昼間たかし/ルポライター、著作家)

※本稿はPR記事です。