●この記事のポイント
・創業10年でVCの期限到来。セカンダリー取引を「受け身の対応」から「戦略的資本政策」へ転換したtalentbookの実践例
・博報堂DYベンチャーズが追加投資を実行したほか、ベイジ、WORDS、IDENTITY、モアマネジメントの4社が新たに株主参画。「人間性と価値観への信頼」で選んだパートナーとは
・「片手間でやるな」「全株主と対話せよ」──CFOが語る、セカンダリー成功の本質は”誠実さ”と”原則への立ち戻り”
日本のスタートアップにとって、「セカンダリー取引」は長らくネガティブなイメージがつきまとっていた。VCが撤退する、経営が行き詰まっている──そんな文脈で語られることが多かった。
しかし、ここ2、3年で潮目が変わりつつある。IPO市場の環境変化、上場までの長期化。そして何より、セカンダリー市場そのものの発展。「IPO一辺倒」だった出口戦略に、新たな選択肢が生まれている。
採用ブランディング支援や採用CXソリューションサービス「talentbook」を運営するtalentbook株式会社は、2025年、約1年をかけてセカンダリープロジェクトを完遂した。会社には一銭も入らない。それでも、CFOの津田祐実氏は「会社として大きな果実を得た」と語る。
何が、セカンダリー取引を「戦略」に変えたのか。
●目次
- 創業10年、VCの期限到来──「相対取引」をいかに戦略化するか
- 「誠実に対応する」──最優先すべきは既存株主へのリターン
- 「人間性と価値観への信頼」──5社の株主を選んだ理由
- 株価は「相対取引の原則」に任せる──会社の役割は材料提供
- 1年がかり、全株主との対話──「原則に立ち戻る」ことの重要性
- 「会社にお金が入らない」のに、なぜ誠実に対応するのか
- IPO一辺倒からの脱却──セカンダリーが開く新たな選択肢
- スタートアップ経営者への提言──「片手間でやるな」「原則に立ち戻れ」
創業10年、VCの期限到来──「相対取引」をいかに戦略化するか
talentbookは2014年の創業から12年目を迎えた。働く社員一人ひとりのキャリアストーリーを可視化し、「この人みたいになりたい」から始まる就職・転職を支援するプラットフォームだ。年間300万人のZ世代が訪問し、1万人のロールモデルが掲載されている。
累計1,200社、日経225銘柄の20%が導入。近年はAIを活用した社員インタビューの自動生成など、「採用広報のDX」を推進してきた。シリーズDラウンドまで進み、調達額はエクイティが15億円、ベンチャーデットを含めると20億円に達する。
そんな成長軌道にある同社に、セカンダリーのきっかけが訪れたのは、ある意味で自然な流れだった。
「当然ながら、我々スタートアップとして資金調達をしてきている以上、投資家様の投資可能な期間があります。創業10年を迎える中で、一部のVCから声が上がったのがきっかけです」(津田氏)
ここで重要なのは、セカンダリー取引の性質だ。新株発行によるプライマリー調達と異なり、セカンダリーは「既存株主同士の相対取引」である。会社が株価を決めるわけでも、取引条件を主導するわけでもない。
「会社側がすべてを主導して取り決めるという性質のものではありません。それを前提に、では会社として何ができるのか、何をすべきなのか──そこから議論が始まりました」
津田氏らが最初に確認したのは、「会社としての責務」だった。
「誠実に対応する」──最優先すべきは既存株主へのリターン
セカンダリー取引において、会社に資金は入らない。にもかかわらず、デューデリジェンス対応、手続き調整、株主間の意見調整──プライマリー調達並みの工数がかかる。
それでも、talentbookが「片手間でやらない」と決めたのは、明確な理由があった。
「これまで多大なご支援をいただいた株主様への最大限のリターン。それが第一です。創業間もない頃から支援してくださった株主様がたくさんいらっしゃる中で、そこへ最大限のリターンを実現したい。会社としてできることは、ご紹介いただいた投資家様のデューデリジェンスに最優先で対応することでした」
talentbookが取った戦略は、「既存株主への誠実な対応」を軸に、「中長期で寄与するパートナーの獲得」を第二の目標に据えることだった。
単なるVCのEXITで終わらせない。新たに株主となる企業や投資家を、「今後の成長を共に描けるパートナー」として迎える。それが、会社にとっての「果実」になる。
「人間性と価値観への信頼」──5社の株主を選んだ理由
今回のセカンダリーで株式を取得したのは、既存株主であった博報堂DYベンチャーズ、そして新規投資家としてベイジ、WORDS、IDENTITY、モアマネジメントの5社だ。
このうち、ベイジ、WORDS、IDENTITYの3社は、いずれもコンテンツ制作・採用ブランディング領域で実績を持つ事業会社。経営陣が以前から接点を持っていた企業だった。
「もともと、応援してくださっていた会社様です。コンテンツという文脈での接点もある中で、近い存在でした。従来から人間性や価値観をよく存じ上げている中で、改めてこのタイミングで株主として応援していただけないかと提案させていただきました」
投資家選定における最優先事項は、「人間性と価値観への信頼」だったという。
「出資をいただくにしても、お金よりも、まず人間性が重要です。そこは間違いなく重視しました」
加えて、博報堂DYベンチャーズといった事業戦略性をあわせもつ投資家からの追加投資や、モアマネジメントといった機関投資家の参画も大きな意味を持った。
「いわゆる戦略投資家や機関投資家属性の投資家さんにも入っていただいたことで、会社としての中長期のさらなる継続的な成長、上場後も視野に入れた視座をご提供いただけるようなパートナーシップが築けました。そういった点は、今後のプライマリー調達でも評価いただけるのではないかと思います」
つまり、セカンダリーは「株主の入れ替え」ではなく、「株主構成の最適化」だった。事業シナジーを持つ企業と、上場後も見据えた機関投資家。この組み合わせが、talentbookの次のステージを支える布陣となる。
株価は「相対取引の原則」に任せる──会社の役割は材料提供
セカンダリー取引において、株価決定は会社の役割ではない。売り手と買い手の交渉によって決まる。
「株価を会社が主導して決めるということはありません。売り手さん、買い手さんの間での会話の中で、会社としては過去の取引ではこれくらいだったという、適正価格を判断する材料になるような情報を可能な範囲で提供する。それが会社の役割です」
ここで津田氏が強調したのは、「経済的な取引である以上、需給の力学に任せる」という原則だった。
「経済的な取引である以上、それに反することはやってはいけない。自然な流れに乗った時に、会社として必ずしも目指している形ではないと感じた場合には、経済的に当事者にとって良い形の別の選択肢を提案する──そこは意識しました」
会社として介入すべきは「価格」ではなく、「プロセスの公平性」と「情報提供の透明性」だったのだ。
1年がかり、全株主との対話──「原則に立ち戻る」ことの重要性
セカンダリープロジェクトは、約1年をかけて進行した。複数回に分けて取引が実行され、その都度、既存株主との調整が必要になった。
「株主さんはそれぞれのご事情がある中で、それぞれのタイミングでそれぞれ意思決定をしなければなりません。会社としては、株主間の公平性というところは非常に気を付けていました」
特に難しかったのは、株主によって考え方が異なる局面だった。
「出口戦略の考え方一つとっても、すべての株主さんの意見がアラインするわけではありません。株主の権利を行使するかしないかも、株主さんによって判断が異なります」
そこでtalentbookが徹底したのは、「原則への立ち戻り」だった。
「いずれかの株主さんの考えを優先して突破しようとするのではなく、あくまでも原則に立ち戻る。契約上どうなんだっけ、というところに則って進めていく。そこをすごく意識しました」
スタートアップにおける株主間契約は、まさにこういう局面のためにある。公平性の「よりどころ」として、契約を遵守することが、結果的に全株主の信頼を得ることにつながった。
「会社にお金が入らない」のに、なぜ誠実に対応するのか
セカンダリー取引の最大の特徴は、「会社に資金が入らない」ことだ。にもかかわらず、デューデリジェンス対応や手続き調整に膨大な時間を割く。
これを「面倒」と捉えるか、「戦略的投資」と捉えるか。そこに、セカンダリーの成否が分かれる。
「おっしゃる通り、会社にお金は入りません。一方で、片手間で100%受け身的に行うのではなく、会社としての意思を持って、その後のプラスにつなげていく。そのためには、全株主様と対話を重ね、今後の成長戦略についてのコンセンサスを深めていく──そこが重要でした」
津田氏は、「誠実に対応する」という言葉を何度も繰り返した。
「これまでご支援いただいた株主様に対して、片手間で対応するというのは誠実ではありません。しっかりと対応する。それが会社の責務です」
そして、その誠実さが、結果的に会社にとっての「果実」を生んだ。
「中長期で継続的に成長していく中で、より寄与いただけるパートナーさんを迎えることができた。それが会社としての大きな果実でした」
IPO一辺倒からの脱却──セカンダリーが開く新たな選択肢
日本のスタートアップは長らく、「IPOかM&A」という二択のエグジット戦略を描いてきた。しかし、IPO市場の環境変化、上場までの長期化が進む中で、セカンダリー市場の重要性が増している。
「どうしてもIPO、M&Aというエグジットの方法論が中心でした。しかし、セカンダリー市場が拡大していることは、スタートアップにとって非常にありがたいことです」
津田氏は、セカンダリーの発展が「会社の成長戦略」に与える影響を強調した。
「エグジットのためのIPOだけを目指して急ぐのではなく、しっかりと腰を据えて、中長期の成長を仕込むことができる。それは会社にとって大きなメリットです」
かつてセカンダリーは、「ネガティブな局面で起こる取引」と捉えられていた。しかし今、その認識は変わりつつある。
「昨今のセカンダリー市場の発展によって、売り手、買い手ともにプラスになるような取引が増えてきています。IPO市場の外部環境も変化が大きい中で、会社としてより地に足をつけた成長戦略を描きやすくなる選択肢の一つになっていくのではないかと思います」
スタートアップ経営者への提言──「片手間でやるな」「原則に立ち戻れ」
最後に、これからセカンダリーを検討するスタートアップ経営者やCFOへのアドバイスを聞いた。
津田氏が最も強調したのは、「誠実に対応すること」だった。
「繰り返しになりますが、片手間で受け身的に行うのではなく、会社としての意思を持つこと。全株主様──取引の当事者になる株主様だけでなく、継続的に残っていただける株主様も含めて──一社一社と対話を重ね、相互理解を深めていく。簡単ではありませんでしたが、振り返ると非常に重要なステップでした」
そして、もう一つ重要なのは「原則への立ち戻り」だ。
「株主間契約など、原則がある。それに立ち戻ることで、公平性を保つことができます。経済的な取引である以上、需給の力学に任せる。それに反することを無理にお願いするのは、基本的にやらない方がいい」
talentbookのセカンダリープロジェクトは、「会社にお金が入らない取引」を「戦略的資本政策」に転換した好例だ。
その本質は、シンプルだった。誠実であること。原則に立ち戻ること。そして、すべての株主との対話を重ねること。セカンダリー市場が発展する今だからこそ、その原点が問われている。
(取材・文=昼間たかし/ルポライター、著作家)