●この記事のポイント
・東京23区の家賃が急騰し、ファミリー賃料は平均25万円へ。可処分所得の約5割を住居費が占める危険水域に到達した。
・港区・渋谷区は平均33万円超で青天井。一方、練馬・足立など周辺区も底値が上がり「逃げ場」が消える二極化が進む。
・背景には分譲1億円超の高騰で賃貸流入が増え、金利上昇や維持コスト増も追い風に。東京の暮らしの前提が変わった。
かつて、「家賃は手取りの3割以内」に収めるのが健全な家計の黄金律とされてきた。だが今、東京23区で暮らす現役世代にとって、その常識は急速に“過去の遺物”になりつつある。
最新のデータ分析から浮かび上がってきたのは、世帯の可処分所得に占める家賃割合が「約5割」という危険水域に達している現実だ。
本来、住居費は物価変動の影響を受けにくく、景気変動に対して遅行するとされてきた。だが、家賃相場はその定説を無視するように上昇を続け、分譲マンション価格の暴騰、エリアによる残酷な二極化、「安住の地」とされた周辺区への価格波及が同時多発的に進んでいる。
いま東京の賃貸市場で起きているのは、単なる“値上げ”ではない。都市生活の前提を揺るがす構造変化である。
●目次
- 「家賃は上がりにくい」定説の崩壊と「25万円」の壁
- 激化する二極化:平均33万円超の都心、消滅する「10万円台」の受け皿
- 手取りの半分が家賃で消える――“高所得貧困”予備軍が増える危険
- 背景にある「1億円の壁」と「分譲あきらめ組」の流入
- コスト増と金利上昇が招く「逃げ場なき値上げ」
- “東京で暮らすコスト”が変わった——現役世代に突きつけられる現実
「家賃は上がりにくい」定説の崩壊と「25万円」の壁
これまで不動産業界では、家賃は消費者物価指数(CPI)の中でも特に動きが鈍い品目とされてきた。既存の入居者がいる場合、家賃の改定は数年に一度の契約更新時などに限られるため、他の物価が上昇しても家賃への反映にはタイムラグが生じる――というのが“教科書的理解”だった。
しかし足元の状況は、そのセオリーを完全に無視した動きを見せている。アットホーム(東京・大田)のデータによると、東京23区におけるファミリー向け物件(50~70平方メートル)の平均募集家賃は前年同月比で10%前後の上昇が続き、ついに約25万円に達した。
この「25万円」という数字が持つ意味は、想像以上に重い。東京都が公表する「2人以上の勤労者世帯」の平均可処分所得(税金・社会保険料を差し引いた手取り)と照らし合わせると、家賃負担率がいかに危険な水準に到達しているかが浮き彫りになる。昨年時点ですでに可処分所得の4割を超えていた家賃負担率は、直近の家賃上昇によって「5割」へと迫り始めた。
家賃が手取りの半分――。それは単に「貯蓄ができない」という話にとどまらない。生活の固定費が重くなりすぎることで、家計がショック耐性を失い、人生設計そのものが“薄氷化”していくからだ。
激化する二極化:平均33万円超の都心、消滅する「10万円台」の受け皿
そして、平均「25万円」という数字ですら、エリアによっては「安い」と感じられるほど、区ごとの格差は拡大している。LIFULL HOME’S等の市場データを読み解くと、その実態はより鮮明だ。
まず上昇が著しいのが、港区、千代田区、渋谷区といった都心エリアである。これらの地域では、ファミリータイプ(50~70平米)の平均掲載賃料が月額33万円を突破している。
しかもこれはあくまで「平均」にすぎない。人気の高い築浅の分譲賃貸やタワーマンションでは40万円~50万円を超える事例も珍しくない。外資系企業の駐在員、経営層、超高年収の共働き世帯などが集中し、家賃相場は文字通り“青天井”の様相を呈している。
問題は、ここから先だ。
「それなら都心を避け、比較的安いエリアへ移ればいい」。かつてはそれが現実的な選択肢だった。しかしその“逃げ道”すら、いま急速に塞がれつつある。
従来、家賃相場が落ち着いているとされてきた城北(板橋区・練馬区)や城東(足立区・葛飾区・江戸川区)も、決して安泰ではない。
かつてファミリータイプでも12~13万円程度で探せた地域が、現在は15万~17万円台へと相場のフロア(底値)が切り上がっている。
背景には、都心の高騰に押し出される形で、世帯年収1000万円前後の層が周辺区へ流入し、需給が逼迫している構図がある。実際、足立区や練馬区では都心部以上の上昇率が観測される月もあり、「割安だった場所ほど上がる」という値上げの典型パターンに入りつつある。
いま起きているのは、「高いエリアがより高くなる」だけではない。“普通の家庭が住めるはずだった価格帯”そのものが消えていく現象である。23区内から「かつての感覚で住める安くて良い場所」が、静かに蒸発し始めている。
手取りの半分が家賃で消える――“高所得貧困”予備軍が増える危険
手取りの半分が家賃で消える。この異常事態について、住宅金融に詳しいファイナンシャルプランナーの田中真一氏は次のように警鐘を鳴らす。
「これまでは『家賃は手取りの3割』が、貯蓄を確保しつつ生活レベルを維持するための防衛ラインでした。しかし、これが5割になると話は別です。食費や光熱費、教育費などが高騰する中で固定費が半分を占めれば、子どもの教育資金の積み立てはおろか、老後資金の形成も困難になります。今の東京の賃貸相場は、現役世代の“未来の資産”を食いつぶす構造に近い」
家計には、いわば「耐久力(レジリエンス)」がある。可処分所得の5割が住居費となれば、病気や失業、育児・介護といった不測の事態が起きた瞬間に、生活は一気に崩れやすくなる。結果として、年収は高く見えても、実態は貯蓄ができず、余裕もない――いわゆる“高所得貧困”の予備軍が増える恐れがある。
さらに深刻なのは、家賃高騰が「選択」を奪う点だ。転職・独立の決断、子どもを持つタイミング、親の近くに住む判断、学区を重視した住み替え。人生の自由度は住居費で大きく決まる。家賃が家計を締め付けるほど、都市生活は“豊かさ”ではなく“拘束”に近づく。
背景にある「1億円の壁」と「分譲あきらめ組」の流入
では、なぜここまで家賃が急騰しているのか。最大の要因は、分譲マンション価格の歴史的な高騰である。
東京23区では、新築はもちろん中古マンションの平均価格すら1億円の大台が現実味を帯びる局面が増えてきた。かつてなら都内にマンションを購入していた共働きのパワーカップル層であっても、さすがに“億ション”に手が届かない、あるいは資産価値のピークアウトを懸念して購入を躊躇するケースが目立つ。
その結果、「買えない」「今は買わない」と判断した良質な顧客層――いわば分譲あきらめ組が、賃貸市場へ大量に流れ込んでいる。
特に50~70平方メートルのファミリータイプは、子育て世代の中心レンジであり、需要が一気に膨らみやすい。ところが供給は短期で増えない。新築供給には時間がかかり、既存ストックも立地・築年・間取りに限界がある。
需給バランスが崩れた市場では、貸主(オーナー)側が強気の価格設定をしやすくなる。そして高い家賃でも埋まるという実績が積み上がれば、さらに相場は上がる。
東京の賃貸市場は今、“上がるから上がる”スパイラルに入っている。
コスト増と金利上昇が招く「逃げ場なき値上げ」
さらに今後、家賃を押し上げる要因として無視できないのが「金利上昇」である。日銀の政策変更により、住宅ローン金利の上昇が見込まれる局面に入った。
田中氏は、賃貸派も無関係ではないと指摘する。
「金利上昇は、持ち家派だけでなく賃貸派にも直撃します。多くの賃貸オーナーはアパートローンなどの融資を受けて物件を運用しているため、返済金利が上がれば、その分を家賃に上乗せして回収しようとする動きが強まります。短期的に家賃が下がる材料は乏しく、“下がらない相場”が定着するリスクがあります」
加えて、人件費や資材費の高騰により、マンションの維持管理コスト自体も増大している。管理費・修繕費・設備更新費が上がれば、オーナー側の収支は悪化する。結果として家賃に転嫁され、賃料はじわじわと底上げされる。
購入コストの高騰から逃れて賃貸を選んだとしても、そこには家賃急騰という別のリスクが待ち受ける。東京23区で「普通の暮らし」を維持するためのハードルは、かつてないほど高くなっていると言わざるを得ない。
“東京で暮らすコスト”が変わった——現役世代に突きつけられる現実
「家賃は手取りの3割」という神話は、もはや“理想論”として語られる時代になった。
実際には、都心の家賃は青天井で上がり、かつて受け皿だった周辺区にまで波及し、住居費が生活の自由度を奪っていく。
この構造変化は、都市の力学そのものを変える可能性がある。例えば、23区内に住める層が限られれば、企業は採用難に直面する。通勤時間の長期化は生産性を押し下げ、育児・介護の両立はさらに難しくなる。結果として、東京の強みであるはずの「人材集積」が、家賃という“見えない税金”で毀損されかねない。
家賃の高騰は、不動産市場の話ではない。これは、現役世代の暮らし、働き方、子育て、人生設計を静かに侵食する「生活インフレ」の核心である。
東京の家賃は、いまや“上がった”のではない。暮らすための前提が変わってしまった――その現実を直視する局面に入っている。
(文=Business Journal編集部)