イオンベトナムの「選ばれ続ける経営」…外資が撤退する東南アジアで信頼される理由

●この記事のポイント
・外資撤退が相次ぐ東南アジアで、イオンベトナムは洪水時も営業を継続。災害を想定した設計と現場判断で「地域の盾」として信頼を獲得した。
・店舗数拡大ではなく、都市規模や生活様式に合わせたマルチフォーマット戦略を推進。自社物流を軸に、2030年までに事業規模3倍超を狙う。
・日本モデルをそのまま持ち込まず、惣菜・PB・寿司を現地化。政府や地域と信頼を築き、「非常時に選ばれる企業は平時にも選ばれる」戦略を体現した。

 東南アジア市場は「成長余地が大きい」と語られ続けてきた。だが現実には、未整備のインフラ、激甚化する自然災害、そして不透明な制度の壁に阻まれ、多くの外資小売が撤退や縮小を余儀なくされている。その過酷な環境下で、着実に、かつ圧倒的な信頼を伴って事業規模を拡大している企業がある。イオンベトナムだ。彼らの強さは、洪水という非常時にこそ、鮮明に浮かび上がった。

●目次

フエを救った「嵩上げ」と「バケツリレー」

 2025年、ベトナム中部の古都フエ(Hue)を襲った記録的な豪雨。街の多くの機能が停止し、ウェットマーケット(伝統市場)や個人商店・中心市街地のスーパーマーケットやレストランまでもが営業停止に追い込まれる中、市民の命綱となった場所があった。1年前にオープンしたばかりの「イオンモール フエ」である。

 特筆すべきは、その「守備力」だ。2026年1がつ16日付当サイト記事『なぜ「イオンの奇跡」は起きたのか…豪雨冠水にも耐えたイオンモール フエの設計』でも言及したが、イオンは過去の災害経験から、建設段階で過去最大級の水害を想定し、土地そのものを嵩上げ(かさあげ)して建設していた。周囲が濁流に飲み込まれる中、イオンだけは浸水を免れ、地域の灯を消すことはなかった。

「イオンにとって大型店舗は、日常だけでなく、災害時にも地域を支える防災拠点です。食料品や生活必需品を安定して提供し続ける『社会インフラ』の一部であるべきと考えています」とイオン側は語る。

 その言葉通り、現場の対応は迅速だった。本部の指示を待つまでもなく、各店舗の判断で店内を避難所として開放。帰宅困難者には休憩スペースを提供し、命の綱となるスマートフォン充電サービスを無償で提供した。さらに、物流が遮断され商品搬入が困難な状況下では、スタッフたちが「バケツリレー」のように商品を運び込み、食品売場を一日も休まず営業し続けたのである。

 他店が閉まり物価が急騰する中、イオンが適正価格で供給を続けた姿勢は、人々の平静を保ち、SNSを中心に大きな話題となった。洪水が落ち着いた直後のセールには、旧正月(テト)に匹敵する反響があったという。非常時に「地域の盾」となった企業が、平時に選ばれるのは必然の理であった。

地域のニーズに応じた“マルチフォーマット戦略”の推進

 かつてメディアは、イオンのベトナム戦略を「○○店舗への拡大」という数字で語った。しかし現在のイオンベトナムは、その表面的な数字を超えた「事業規模の拡大」を見据えている 。

「特定の店舗数を掲げるのではなく、地域のニーズに応じた“マルチフォーマット戦略”の推進によって、2030年までに事業規模を現在の3倍以上に拡大することを目指しています」

 ベトナムは地域ごとに街の成長スピードや商圏特性が劇的に異なる。人口が密集する広いスペースの確保が難しい都市中心部には利便性の高い「小型店」、中核都市には日常生活を支える「GMS(総合スーパー)やSSM(スーパーマーケット)」、そして郊外には体験価値を提供する「ショッピングセンター」。画一的な出店ではなく、その街に最適な形をパズルのように組み合わせていく。

 現在、ベトナムの食品分野におけるモダントレード(近代的な小売業)の比率はわずか1〜2割にすぎない。この巨大な「伸びしろ」に対し、イオンは単なる店舗網の拡大ではなく、自社の物流網(サプライチェーン)を強化し、安定供給と高品質を自前でコントロールする体制を整えている。

日本モデルの「破壊」と「再定義」

 イオンベトナムの成長を支えるもう一つの柱は、徹底した「ローカル最適化」だ。驚くべきことに、ベトナムにおける惣菜・デリカの1人当たり売上は、日本を上回る結果を出している。

 その背景には、東南アジア特有の「屋台文化」と、近年の住環境の変化がある。都市部では住宅スペースが限られていることや、時短・家族で食事する・屋外で食べる習慣・快適でエアコンも効いている・買ったほうが安い・早い・ゴミもでないなどの理由から、自宅で調理するよりも外食や中食が定着している。しかし、従来のウェットマーケットでは衛生面への不安がつきまとう。そこに、イオンが持つ「日本基準の品質管理(QSC)」と「清潔なイートインスペース」を、ローカルフードと同等の価格帯でぶつけたのである。

 特に「寿司」は、日本企業としてのアイデンティティを示す重点カテゴリーとして強化され、他社との圧倒的な差別化要因となっている。

 また、イオンのプライベートブランド(PB)である「トップバリュ」も進化を遂げている。当初は日本からの輸入販売が中心だったが、現在はベトナム国内での現地開発にシフトした。

「お求めやすい価格と、ベトナムの生活者ニーズに合った品揃えを両立させるため、現地パートナーとのOEM開発を加速させています」

 彼らは、日本のGMSモデルをそのまま輸出しているのではない。デジタルネイティブ世代が台頭し、EC利用率が高く、モダンな価値観を持つベトナムの若年層に合わせ、「新しい総合業態」を現地でゼロから定義し直しているのだ。

政府・地域と築く「信頼のインフラ」

 外資企業がベトナムで成功する上で避けて通れないのが、政府との関係構築である。多くの企業が「許認可対策」としての関係作りに奔走する中、イオンのアプローチは本質的だ。

「政府と良好な関係を築くうえでは、企業として地域社会の課題解決に貢献できる存在であることが重要です」

 イオンは長年、植樹活動や災害支援、環境保全活動を政府と連携して継続してきた 。これは単なる社会貢献(CSR)活動ではない。政府から「ベトナムの近代化と安全な暮らしに欠かせないパートナー」として認められるための、長期的な信頼投資である 。

 この信頼があるからこそ、困難な土地の取得や複雑な許認可プロセスにおいても、地域社会と足並みを揃えた展開が可能になる 。

 イオンの根幹には、「地域社会の平和があってこそ、小売業の繁栄がある」という理念がある 。

 ベトナムでの成功は、決して低価格戦略やマーケティングの妙によるものではない。インフラが未整備で災害リスクが高いという地域の「不完全さ」を直視し、それを受け入れた上で、いざという時に地域を守る覚悟を事業設計(嵩上げや自社物流、BCP対策)に組み込んできた結果である 。

「非常時に信頼される企業だけが、平時にも選ばれる」

 東南アジアという激動の市場で、イオンが示したのはそのシンプルで、しかし実行が極めて難しい真理だった。彼らは今日も、ベトナムの街角で「地域のインフラ」として、人々の日常と非常時の両方を支え続けている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

イオンベトナムの「選ばれ続ける経営」…外資が撤退する東南アジアで信頼される理由

●この記事のポイント
・外資撤退が相次ぐ東南アジアで、イオンベトナムは洪水時も営業を継続。災害を想定した設計と現場判断で「地域の盾」として信頼を獲得した。
・店舗数拡大ではなく、都市規模や生活様式に合わせたマルチフォーマット戦略を推進。自社物流を軸に、2030年までに事業規模3倍超を狙う。
・日本モデルをそのまま持ち込まず、惣菜・PB・寿司を現地化。政府や地域と信頼を築き、「非常時に選ばれる企業は平時にも選ばれる」戦略を体現した。

 東南アジア市場は「成長余地が大きい」と語られ続けてきた。だが現実には、未整備のインフラ、激甚化する自然災害、そして不透明な制度の壁に阻まれ、多くの外資小売が撤退や縮小を余儀なくされている。その過酷な環境下で、着実に、かつ圧倒的な信頼を伴って事業規模を拡大している企業がある。イオンベトナムだ。彼らの強さは、洪水という非常時にこそ、鮮明に浮かび上がった。

●目次

フエを救った「嵩上げ」と「バケツリレー」

 2025年、ベトナム中部の古都フエ(Hue)を襲った記録的な豪雨。街の多くの機能が停止し、ウェットマーケット(伝統市場)や個人商店・中心市街地のスーパーマーケットやレストランまでもが営業停止に追い込まれる中、市民の命綱となった場所があった。1年前にオープンしたばかりの「イオンモール フエ」である。

 特筆すべきは、その「守備力」だ。2026年1がつ16日付当サイト記事『なぜ「イオンの奇跡」は起きたのか…豪雨冠水にも耐えたイオンモール フエの設計』でも言及したが、イオンは過去の災害経験から、建設段階で過去最大級の水害を想定し、土地そのものを嵩上げ(かさあげ)して建設していた。周囲が濁流に飲み込まれる中、イオンだけは浸水を免れ、地域の灯を消すことはなかった。

「イオンにとって大型店舗は、日常だけでなく、災害時にも地域を支える防災拠点です。食料品や生活必需品を安定して提供し続ける『社会インフラ』の一部であるべきと考えています」とイオン側は語る。

 その言葉通り、現場の対応は迅速だった。本部の指示を待つまでもなく、各店舗の判断で店内を避難所として開放。帰宅困難者には休憩スペースを提供し、命の綱となるスマートフォン充電サービスを無償で提供した。さらに、物流が遮断され商品搬入が困難な状況下では、スタッフたちが「バケツリレー」のように商品を運び込み、食品売場を一日も休まず営業し続けたのである。

 他店が閉まり物価が急騰する中、イオンが適正価格で供給を続けた姿勢は、人々の平静を保ち、SNSを中心に大きな話題となった。洪水が落ち着いた直後のセールには、旧正月(テト)に匹敵する反響があったという。非常時に「地域の盾」となった企業が、平時に選ばれるのは必然の理であった。

地域のニーズに応じた“マルチフォーマット戦略”の推進

 かつてメディアは、イオンのベトナム戦略を「○○店舗への拡大」という数字で語った。しかし現在のイオンベトナムは、その表面的な数字を超えた「事業規模の拡大」を見据えている 。

「特定の店舗数を掲げるのではなく、地域のニーズに応じた“マルチフォーマット戦略”の推進によって、2030年までに事業規模を現在の3倍以上に拡大することを目指しています」

 ベトナムは地域ごとに街の成長スピードや商圏特性が劇的に異なる。人口が密集する広いスペースの確保が難しい都市中心部には利便性の高い「小型店」、中核都市には日常生活を支える「GMS(総合スーパー)やSSM(スーパーマーケット)」、そして郊外には体験価値を提供する「ショッピングセンター」。画一的な出店ではなく、その街に最適な形をパズルのように組み合わせていく。

 現在、ベトナムの食品分野におけるモダントレード(近代的な小売業)の比率はわずか1〜2割にすぎない。この巨大な「伸びしろ」に対し、イオンは単なる店舗網の拡大ではなく、自社の物流網(サプライチェーン)を強化し、安定供給と高品質を自前でコントロールする体制を整えている。

日本モデルの「破壊」と「再定義」

 イオンベトナムの成長を支えるもう一つの柱は、徹底した「ローカル最適化」だ。驚くべきことに、ベトナムにおける惣菜・デリカの1人当たり売上は、日本を上回る結果を出している。

 その背景には、東南アジア特有の「屋台文化」と、近年の住環境の変化がある。都市部では住宅スペースが限られていることや、時短・家族で食事する・屋外で食べる習慣・快適でエアコンも効いている・買ったほうが安い・早い・ゴミもでないなどの理由から、自宅で調理するよりも外食や中食が定着している。しかし、従来のウェットマーケットでは衛生面への不安がつきまとう。そこに、イオンが持つ「日本基準の品質管理(QSC)」と「清潔なイートインスペース」を、ローカルフードと同等の価格帯でぶつけたのである。

 特に「寿司」は、日本企業としてのアイデンティティを示す重点カテゴリーとして強化され、他社との圧倒的な差別化要因となっている。

 また、イオンのプライベートブランド(PB)である「トップバリュ」も進化を遂げている。当初は日本からの輸入販売が中心だったが、現在はベトナム国内での現地開発にシフトした。

「お求めやすい価格と、ベトナムの生活者ニーズに合った品揃えを両立させるため、現地パートナーとのOEM開発を加速させています」

 彼らは、日本のGMSモデルをそのまま輸出しているのではない。デジタルネイティブ世代が台頭し、EC利用率が高く、モダンな価値観を持つベトナムの若年層に合わせ、「新しい総合業態」を現地でゼロから定義し直しているのだ。

政府・地域と築く「信頼のインフラ」

 外資企業がベトナムで成功する上で避けて通れないのが、政府との関係構築である。多くの企業が「許認可対策」としての関係作りに奔走する中、イオンのアプローチは本質的だ。

「政府と良好な関係を築くうえでは、企業として地域社会の課題解決に貢献できる存在であることが重要です」

 イオンは長年、植樹活動や災害支援、環境保全活動を政府と連携して継続してきた 。これは単なる社会貢献(CSR)活動ではない。政府から「ベトナムの近代化と安全な暮らしに欠かせないパートナー」として認められるための、長期的な信頼投資である 。

 この信頼があるからこそ、困難な土地の取得や複雑な許認可プロセスにおいても、地域社会と足並みを揃えた展開が可能になる 。

 イオンの根幹には、「地域社会の平和があってこそ、小売業の繁栄がある」という理念がある 。

 ベトナムでの成功は、決して低価格戦略やマーケティングの妙によるものではない。インフラが未整備で災害リスクが高いという地域の「不完全さ」を直視し、それを受け入れた上で、いざという時に地域を守る覚悟を事業設計(嵩上げや自社物流、BCP対策)に組み込んできた結果である 。

「非常時に信頼される企業だけが、平時にも選ばれる」

 東南アジアという激動の市場で、イオンが示したのはそのシンプルで、しかし実行が極めて難しい真理だった。彼らは今日も、ベトナムの街角で「地域のインフラ」として、人々の日常と非常時の両方を支え続けている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)