●この記事のポイント
・系統用蓄電所市場に1兆円規模の資金が流入し、申請容量は140GWに達した。実需を大きく超える“申請バブル”の背景には、将来の電力インフラを巡る熾烈な先行投資競争がある。
・電池価格の急落と需給調整市場の本格稼働が、蓄電所を「稼げる投資対象」へ変えた。エネルギー大手に加え、通信・金融・外資まで参入し、市場は異業種混戦の様相を呈している。
・第7次エネルギー基本計画で再エネ拡大が明確化する一方、2026年以降は淘汰の時代へ。勝敗を分けるのは設備量ではなく、AIを含む運用力という“質”の競争だ。
日本のエネルギービジネスが今、かつてない熱狂に包まれている。主役は「系統用蓄電所」だ。
2023年から2024年にかけて、この分野に流れ込んだ投資額はすでに1兆円規模に達したとされる。エネルギー大手に加え、通信、金融、商社、さらには海外資本までが一斉に参入。
しかしその一方で、市場関係者の間では、こんな声も聞こえてくる。
「これは本当に実需に基づいた成長なのか。それとも、典型的な“申請バブル”なのか」
その疑問を象徴する数字がある。140GW。日本の蓄電市場をめぐる現状は、常識では説明がつかない段階に入りつつある。
●目次
- 需要6GWhに対し、申請140GW──異常な「需給ギャップ」
- なぜ今、蓄電所なのか──「電池安」と「市場解禁」の破壊力
- エネルギー大手だけではない──異業種・外資が殺到する理由
- 国策が背中を押す──「第7次エネルギー基本計画」の意味
- 2026年以降、市場は「量」から「質」のサバイバルへ
需要6GWhに対し、申請140GW──異常な「需給ギャップ」
経済産業省などの資料によると、2024年半ば時点で、電力系統への接続を求める系統用蓄電所の申請量は約140GWに達している。前年末比で約1.5倍という急拡大だ。
一方、日本国内で現時点で想定される蓄電需要は、1日あたり約6GWh(ギガワット時)とされている。単純比較すれば、需要の数十倍という桁違いの申請が一気に押し寄せている計算になる。
エネルギー政策の専門家である佐伯俊也氏は、次のように指摘する。
「通常のインフラ投資で、これほど需要と申請が乖離することはありません。背景には、“今押さえなければ将来の市場に入れなくなる”という、事業者側の強い危機感があります」
つまり、140GWという数字は「今すぐ必要な電力」の量ではない。2040年を見据えた“場所取り競争”の結果なのだ。
なぜ今、蓄電所なのか──「電池安」と「市場解禁」の破壊力
参入ラッシュの背景には、大きく2つの構造変化がある。
(1)劇的に進んだ「電池コストの低下」
第一は、蓄電池価格の急落だ。中国を中心とした世界的な電池増産競争により、系統用蓄電システムのコストは過去5年で約半分にまで下がったとされる。
かつては採算が合わず、実証実験止まりだった蓄電所が、いまや「一定のリスクを取れば、十分なリターンが狙える投資対象」へと変貌した。
「太陽光発電が“補助金ビジネス”から“金融商品”に変わったのと同じことが、いま蓄電所で起きています」(佐伯氏)
(2)「需給調整市場」の本格稼働
第二の要因が、稼ぐための市場インフラの整備だ。2024年4月、電力の需給バランスを調整する「需給調整市場」が本格運用を開始した。
これにより、蓄電所は単なる“電気の倉庫”ではなくなった。電力が余る時間帯に充電し、不足する時間帯に放電する──アービトラージ(価格差取引)による収益化が、制度として保証されたのである。
エネルギー大手だけではない──異業種・外資が殺到する理由
この新市場に、参入プレイヤーが殺到するのは当然だろう。顔ぶれは、もはやエネルギー業界の枠を超えている。
ENEOS、関西電力、大阪ガス
→ 既存インフラとの統合による安定運用
KDDI、三井住友FG、三菱HCキャピタル
→ 通信・金融のアセット管理力を生かした長期安定収益モデル
ウエストHD
→ 約1100億円を投じ、AIによる電力取引最適化で利益最大化を狙う
住友商事、伊藤忠商事など商社勢
→ 海外の先行事例と運用ノウハウを日本市場に持ち込む
さらに、シンガポールやタイなど、アジア系ファンドも続々と参入を表明している。
「日本は電力制度が安定しており、規制の見通しも立てやすい。アジアの中では“最も読みやすい蓄電市場”です」(同)
国策が背中を押す──「第7次エネルギー基本計画」の意味
この過熱を根本から支えているのが、国のエネルギー政策だ。2025年2月に策定された「第7次エネルギー基本計画」では、2040年に再生可能エネルギー比率を4割以上に引き上げる目標が掲げられた。
再エネが増えれば、発電量は天候に左右される。そこに不可欠なのが、需給の“緩衝材”となる蓄電池だ。
さらに原発再稼働が進めば、夜間や休日に余剰電力が発生する可能性も高まる。それを吸収し、価値に変える装置としても、蓄電所は欠かせない。
「系統の空き容量は有限です。将来を見据えた事業者ほど、“今のうちに接続権を押さえる”という行動に走ります」(同)
140GWの申請は、その集団心理の表れでもある。
2026年以降、市場は「量」から「質」のサバイバルへ
もっとも、140GWすべてが実現するわけではない。系統接続、資金調達、運用体制──どれか一つ欠けても、事業は成立しない。
市場関係者の多くが、2026年前後から淘汰が本格化するとみている。
今後主流になるのは、
・商業施設やオフィスに併設する自家消費型
・デベロッパーが電力を内製化する併設モデル
・AIを用いた高度な電力トレーディング
単なる「置いてあるだけの蓄電所」は、生き残れない。
「これから問われるのは設備の量ではなく、運用の知能です。蓄電所は“不動産”ではなく“テック産業”になります」(同)
蓄電所市場は、いま分岐点に立っている。投機的な申請が消え去り、真に運用力を持つ事業者だけが残るのか。それとも、この1兆円が、日本のエネルギー構造を支える新たなインフラへと昇華するのか。
確かなのは、「140GW」という異常値が、何かの始まりであるという事実だ。蓄電池は、もはや裏方ではない。2040年の電力システムを左右する“主役”を巡る戦いは、すでに始まっている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)