●この記事のポイント
・トランプ政権が洋上風力発電を「国家安保リスク」として全面停止。再エネが環境政策から地政学問題へ転じた衝撃が、日本のエネルギー戦略にも重くのしかかる。
・日本初の浮体式洋上風力が稼働する一方、三菱商事の撤退で露呈したコスト高と中国製設備依存。再エネ推進が新たな安全保障リスクを生みかねない現実。
・洋上風力が苦境に立つ中、日本が技術優位を持つペロブスカイト太陽電池が急浮上。再エネの主役を巡り、日本の「エネルギー主権」が問われている。
「夢の再生可能エネルギー」は、いつから「国家安全保障のリスク」になったのか——。洋上風力発電を取り巻く世界の景色が、いま日米で劇的に塗り替えられている。
2025年12月22日、トランプ政権は、米国内で建設中・計画中のすべての洋上風力発電プロジェクトに対し、事実上の全面停止命令を下した。内務省は、マサチューセッツ州からバージニア州にかけて進行中の5件の連邦リース契約を一時停止。理由は「国防総省の機密報告書が指摘した国家安全保障上のリスク」だ。巨大な風車のブレードが軍用レーダーに干渉し、国防上の死角を生む可能性があるという。
だが、市場関係者の多くはこの説明を額面通りには受け取っていない。エネルギー政策の専門家である佐伯俊也氏は「再エネを“美しい自然の破壊者”と公然と批判してきたトランプ氏にとって、これは化石燃料回帰を鮮明にするための決定打だ」との見方を示す。
この「トランプ・ショック」は米国にとどまらず、日本のエネルギー政策の「急所」をも直撃している。
●目次
- 日本初の「浮体式」稼働、その裏で広がる違和感
- 三菱商事の「敵前逃亡」とJERAの「冷徹なリアリズム」
- 「クリーンエネルギー」が「安保リスク」に変わる日
- ペロブスカイト太陽電池という「刺客」
- 問われる「エネルギー主権」
日本初の「浮体式」稼働、その裏で広がる違和感
皮肉なことに、米国の全面停止命令からわずか数週間、日本では歴史的な一歩が刻まれる。長崎県五島市沖で2026年1月、国内初となる商用の「浮体式」洋上風力発電所が運転を開始するのだ。
ゼネコン大手の戸田建設などが参画するこのプロジェクトは、急深な海域でも設置可能な独自の「ハイブリッドスパー型」技術を活用し、今後20年間で40億円超の経済効果を見込む。
政府は「第6次エネルギー基本計画」で、2040年に再エネ比率4〜5割、うち風力4〜8%という野心的な目標を掲げる。表面的には、日本の洋上風力は順風満帆に見える。
しかし現場では、祝祭ムードをかき消すような冷ややかな空気が漂い始めている。
三菱商事の「敵前逃亡」とJERAの「冷徹なリアリズム」
空気を一変させたのは、2025年8月の三菱商事を中心とする企業連合の衝撃的な事業撤退だ。
秋田県・千葉県の3海域で進められていた国内最大級のプロジェクトから、突如として手を引いた。かつて圧倒的な低価格で落札し、市場の「覇者」と目された三菱商事が「採算確保が困難」として白旗を上げた意味は重い。
背景にあるのは、総事業費が当初想定の2倍以上に膨れ上がった「世界的インフレ」と、深刻な「メーカー不在」だ。
日立製作所や三菱重工業といった重電大手は、すでに大型風車事業から撤退。現在、日本の海に並ぼうとしているのは、圧倒的なコスト競争力を誇る中国のMingyang(明陽智慧能源)やGoldwind(金風科技)といった中国勢である。
この状況下で、日本最大の発電会社JERAは「冷徹なリアリズム」に舵を切った。自社での開発に固執せず、ベルギーのパークウインド買収などで得た「海外の知見と供給網」を優先。国内メーカーの復活を待つ余裕などないと言わんばかりのスピード感は、裏を返せば、日本の製造業がこの分野で完全に「脱落」したことを示唆している。
「クリーンエネルギー」が「安保リスク」に変わる日
この構図は、単なる産業政策の失敗にとどまらない。トランプ政権が強調した「レーダー干渉」の問題は、日本にとっても他人事ではない。
洋上風力は、沿岸部や排他的経済水域(EEZ)という、国防上最もセンシティブな海域に巨大な構造物を設置する。そこに外国製(特に中国製)の高度な通信・制御システムを備えた設備が並ぶことは、サイバーセキュリティや情報漏洩の観点から、新たな脆弱性となり得る。
「エネルギーインフラは防衛・通信と密接に絡む。中国製設備への過度な依存は、経済合理性だけでは説明できないリスクを孕む」(佐伯氏)
米国が「国家安保」を盾に自国の産業を止める一方で、日本だけが「コスト高・中国依存」の風車を海に並べ続けることに、国民的合意は得られるのか。
ペロブスカイト太陽電池という「刺客」
さらに、風力発電の「コスト高と建設の遅さ」をあざ笑うかのように、日本発の次世代技術「ペロブスカイト太陽電池」が急速に実用化の兆しを見せている。
薄く、軽く、曲げられるこの電池は、ビルの壁面からEVの車体まで、あらゆる場所を「発電所」に変える。海上工事や漁業調整、そして「レーダー干渉」といった重い社会的コストを伴う洋上風力に対し、より合理的で「日本らしい」選択肢として投資家の関心を集め始めている。
問われる「エネルギー主権」
政府は海域使用期間を30年から延長可能にするなど、事業者の「延命」に奔走している。しかし、それは対症療法にすぎない。
世界はすでに、再エネを「環境問題」ではなく「国家戦略」として捉え直している。米国は安保を理由にブレーキをかけ、中国は産業覇権を狙い、日本は自国メーカー不在のまま巨額の国費を投じ続けている。
戸田建設が五島沖で示した「浮体式」の技術は、確かに日本の希望だ。しかし、それを支えるサプライチェーンが「中国依存」である限り、その希望は常に他国の政治的思惑にさらされる。
「再生可能エネルギー」とは何を守るためのものなのか。日本が今、海に建てるべきは風車なのか、それとも揺るぎない「エネルギー主権」なのか。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)