●この記事のポイント
・サッポロHDが恵比寿ガーデンプレイスを含む不動産事業を外資ファンドへ売却。国内大手も入札に参加したが、価格面で完敗した。背景には建設費高騰と、外資との投資手法・資金調達力の差という構造問題がある。
・日本の一等地が外資に渡る理由は「円安」だけではない。低金利を生かした高レバレッジ投資と、日本企業の保守的な採算規律が、国内デベロッパーを自国市場で不利にしている実態を検証する。
・「街を守る」とは所有し続けることではない。世界基準で価値を最大化できなかった企業から、不動産は市場原理で移転する。恵比寿の主役交代は、日本企業の経営姿勢そのものを問う出来事だ。
2025年のクリスマスイブ、日本の不動産業界に激震が走った。サッポロホールディングス(HD)が、傘下のサッポロ不動産開発を米投資ファンドのKKRとPAGの連合に売却すると発表したのだ。譲渡額は約4,770億円。対象には、東京・恵比寿のランドマークとして知られる「恵比寿ガーデンプレイス」一帯が含まれる。
かつてサッポロビール工場跡地を再開発し、山手線沿線の一角に新たな街のブランドを築き上げたこのエリアは、国内デベロッパーによる“街づくり”の成功例として語られてきた。その「虎の子」が、ついに外資の手に渡る。この事実は、単なる一企業の資産売却にとどまらない。日本の一等地が、構造的に「外資に勝てない市場」へと変質した現実を浮き彫りにしている。
●目次
「価格面で話にならない」国内勢の早期脱落
今回の入札には、三菱地所、三井不動産、住友不動産といった国内大手デベロッパーも名を連ねた。しかし関係者の証言によれば、勝負は早々に決していたという。
「外資が提示してきた価格は、国内勢の想定レンジを大きく上回っていた。事業計画以前に、価格面でテーブルに着けなかった」(不動産投資会社幹部)
なぜ、日本の一等地で、日本企業が外資に完敗するのか。背景には、大きく二つの構造的な壁が存在する。
壁① 建設費高騰と「自前開発モデル」の限界
一つ目は、建設費高騰と採算性のジレンマだ。国内デベロッパーの多くは、土地を取得し、自ら再開発・長期保有することで安定収益を得るモデルを採用してきた。しかし、資材価格の高騰、人手不足による人件費上昇により、再開発の採算ラインは年々厳しくなっている。
不動産ジャーナリストの秋田智樹氏は、次のように指摘する。
「今の建設費水準では、高値で土地を取得すれば将来の減損リスクが避けられない。国内勢は“街を作る責任”を負っている分、無理な価格では手を出せない」
結果として、長期視点を持つ国内勢ほど、入札で不利になる逆転現象が起きている。
壁② レバレッジを極限まで効かせる外資の投資設計
もう一つの壁が、投資リテラシーとレバレッジ活用の差だ。外資ファンドは「Capital Stack(資本の積み上げ)」と呼ばれる多層的な資金調達を駆使し、自己資本を極限まで抑える。買収資金の70〜80%以上を借入(デット)で賄うLBO(レバレッジド・バイアウト)は、その典型だ。
さらに、通常の銀行融資と自己資本の間に「メザニン」と呼ばれる高利回りの中間資金を挟み込むことで、自己資本利益率(IRR)を飛躍的に高める。
「表面的な利回りは低く見えても、レバレッジをかければ投資家へのリターンは成立する。国内勢の保守的な社内規定では、同じ計算はできない」(外資系不動産ファンド関係者)
「日本の銀行の金で、日本を買う」という現実
皮肉なのは、こうした外資の買収資金の多くが日本のメガバンクからの低利融資で賄われている点だ。世界的に金利が高止まりするなか、日本は依然として例外的な低金利国である。円安局面で外貨を円転し、日本の金融機関から借り入れることで、外資は二重の恩恵を享受する。
「実態としては、日本の資産を、日本の銀行の金で、日本人に代わって買っている構図です」(秋田氏)
これはもはや一企業の問題ではなく、日本の金融・不動産市場全体の構造問題といえる。
今回の売却劇を語るうえで欠かせないのが、サッポロHDに対する物言う株主の存在だ。シンガポール拠点の3Dインベストメント・アソシエイツなどは、長年にわたり「不動産に眠る含み益」を問題視してきた。
「本業が低迷するなか、不動産収益で帳尻を合わせる経営は、資本効率の観点から許されなくなっている」(金融アナリストの川﨑一幸氏)
かつての「土地を持っていれば安泰」という日本的成功体験は、グローバル資本の前では通用しない。今回の売却は、その終焉を象徴する出来事だ。
次のターゲットはどこか
同様の動きは、西武HDによる「東京ガーデンテラス紀尾井町」のブラックストーンへの売却でも確認された。今後、外資の標的になりやすいのは次の領域とみられる。
・私鉄各社のターミナル周辺不動産
・飲料・製造業が保有する工場跡地
・福岡、名古屋など地方中核都市の一等地
建設費高騰で国内勢が足踏みする隙に、外資が「街の顔」を押さえる流れは加速するだろう。
外資ファンドの参入は、市場の流動性を高めるという側面もある。しかし懸念されるのは、投資期間3〜5年を前提とする短期的な出口戦略だ。都市計画の専門家からは、「街の価値は数十年単位で育つ。だがファンドの評価軸はIRR(内部収益率)だ。そこに齟齬が生まれる」といった声も漏れる。
恵比寿という街のアイデンティティは、効率を最優先する管理のもとで、無機質な「金融商品」へと変質するリスクを孕んでいる。
一方で、「日本人は、自分たちの街の“値段”を知らなすぎたのではないか」との指摘もある。外資による“侵略”と嘆くのは簡単だ。しかし彼らは、日本の法律の下で正当な対価を払っている。問われるべきは、日本企業が一等地を「世界基準で使いこなす努力」を怠ってこなかったか、という視点だ。
「街を守る」とは、所有し続けることではない。価値を最大化し続ける覚悟を持てなかった企業から、土地が市場原理によって引き剥がされている。恵比寿の主役交代は、日本全体に突きつけられた痛烈な問いにほかならない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)