●この記事のポイント
・相続した実家や土地が「資産」ではなく「負動産」になるケースが急増。固定資産税や管理費、賠償リスクが現役世代を圧迫している現実を解説。
・相続土地国庫帰属制度は、20万円の負担金で土地を国に返せる一方、更地化など高いハードルも存在。それでも利用が増える理由を経済合理性から分析。
・解体費300万円でも「損切り」が合理的になる場合がある。重要なのは親の生前に処分費用を現金で確保することだと専門家の視点で提示。
かつて「不動産」は、持っているだけで価値が上がる“鉄板の資産”だった。親が土地や家を残してくれることは、子どもにとって最大のギフトであり、感謝すべき財産とされてきた。
しかし、その常識はいま、音を立てて崩れつつある。
「親の実家はいらない」
「タダでも引き取りたくない」
こうした声は、もはや一部の極端な例ではない。相続を経験した、あるいは目前に控えた現役世代の間で、極めて現実的な選択肢として共有され始めている。
その象徴が、2023年4月に始まった「相続土地国庫帰属制度」だ。相続したものの利用予定がない土地を、一定の条件のもとで国に引き取ってもらえる制度である。法務省の公表データによれば、制度開始以降、申請件数は右肩上がりで増加し、2025年に入ってからは引き取り件数が前年の倍近いペースで推移している。
なぜ人々は、せっかく相続した土地を、決して安くない費用を支払ってまで手放そうとするのか。そこには、「実家=資産」という幻想を捨て、将来リスクを断ち切るための、極めて冷静で合理的な判断がある。
●目次
- 「持っているだけ」で赤字になる不動産の恐怖
- 注目集まる「相続土地国庫帰属制度」の現実
- 最大の壁は「更地渡し」──数百万円の自己負担
- 「300万円払ってでも捨てたい」が合理的になる瞬間
- 本当に重要なのは「親の生前」に現金を確保すること
「持っているだけ」で赤字になる不動産の恐怖
相続された実家が「負担」になる最大の理由は、地方や郊外の不動産が、もはや資産ではなく“負動産”へと変貌している点にある。
親が亡くなり、誰も住まなくなった実家を想像してほしい。まず確実に発生するのが、毎年の固定資産税だ。加えて、空き家であっても管理責任は免れない。
雑草が伸び放題になれば近隣から苦情が入る。草刈りや庭木の剪定を業者に依頼すれば、年に数万円から十数万円が消える。屋根瓦や外壁が劣化すれば、補修費用が発生する。
「誰も住まないのだから放置していい」という考えは、もはや通用しない。
仮に年間の維持費が10万円だったとしても、20年で200万円。固定資産税を含めれば、数百万円規模の現金が、何のリターンも生まない不動産のために失われていく。
さらに見過ごされがちなのが、法的・賠償リスクだ。管理不全の空き家は、不法投棄や放火の温床になりやすい。老朽化した建物が倒壊し、隣家や通行人に被害を与えた場合、所有者である相続人が損害賠償責任を負う。
「相続不動産の怖さは、キャッシュアウトだけでなく“いつ起きるかわからない事故リスク”を背負い続ける点にあります」(相続コンサルタントでファイナンシャルプランナーの田中真一氏)
「資産価値ゼロ」どころか、精神的・金銭的負担を延々と生み出す存在。それが、現代における実家相続の実態だ。
注目集まる「相続土地国庫帰属制度」の現実
こうした負動産問題の“出口”として注目されているのが、相続土地国庫帰属制度である。
この制度を利用すれば、相続によって取得した土地を、法務大臣の承認を得たうえで国に帰属させることができる。引き取りが認められた場合、原則として1筆あたり20万円の負担金を支払うことで、将来にわたる管理責任から完全に解放される。
「国に土地をあげるのに、なぜお金を払うのか」と違和感を覚える人も多いだろう。しかし、冷静に計算すれば話は変わる。
固定資産税と維持費を合わせれば、数年で20万円を超える出費が発生するケースは珍しくない。終わりの見えない支出を、一回限りの20万円で確定させる。この発想が、多くの利用者を引きつけている。
「この制度は感情論ではなく、完全に“損切り”の考え方です。ビジネス感覚に近い判断をする人ほど、合理性を理解しています」(同)
最大の壁は「更地渡し」──数百万円の自己負担
もっとも、この制度は決して“誰でも使える魔法の制度”ではない。最大のハードルが、建物が存在していてはならないという点だ。
古家が建ったままでは申請すらできず、利用するためには事前に解体し、更地にする必要がある。 一般的な木造住宅の解体費用は、150万〜300万円程度。立地条件や建物規模によっては、500万円近くかかるケースもある。
さらに、
・崖や急傾斜がある
・境界が未確定
・樹木の越境がある
・土壌汚染の恐れがある
といった条件に該当すれば、是正工事や測量が必要となり、追加で数十万〜数百万円が発生する。
「20万円で手放せる」と聞いて申請し、途中で断念するケースが少なくないのも事実だ。
「300万円払ってでも捨てたい」が合理的になる瞬間
解体費用300万円+負担金20万円。合計300万円以上を支払って、手元には何も残らない。一見すれば、これ以上ない“損”に見える。しかし、それでもこの選択をする人が増えている理由は明確だ。
A:持ち続ける場合
・30年間の税金・管理費:300万〜500万円
・近隣トラブル、賠償リスク
・次世代へ負担を先送り
B:処分する場合
・初期費用:約300万円
・将来の支出・リスク:ゼロ
「不確定な将来リスクを、確定したコストで断ち切る。これは家計管理の基本原則です」(同)
長期視点で見れば、「今払って終わらせる」方が、結果的に安く、精神的にも安定する。その判断が、静かに広がっている。
本当に重要なのは「親の生前」に現金を確保すること
もし、将来的に実家を手放す可能性が高いのであれば、最も重要なのは親が元気なうちの準備だ。
親世代の多くは、「土地を残す=子どものため」と信じている。しかし、その善意が負担になる現実を、具体的な数字で共有する必要がある。
解体費用の見積もりを取り、処分に必要な金額を明確にする。そして、その分を現金として残してもらう。
「土地と現金をセットで考える。これが、いまの相続設計では不可欠です」(同)
動かせない不動産ではなく、処分のための流動性を相続する。それこそが、「負動産」時代を生き抜くための、最も現実的な資産防衛術なのである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)