松尾諭の自伝的ドラマ『拾われた男』は朝ドラ『あまちゃん』の男版?最大の功績とは

 NHKとディズニーが共同制作した『拾われた男 Lost Man Found』は、俳優・松尾諭の自伝風エッセイを映像化したドラマだ。6月から8月にかけてNHK BSプレミアムで放送されると同時に「Disney+」でも配信された。現在はNHKの火曜夜10時に放送されている。

 物語は、編集者の芥川マリ(夏帆)からエッセイを依頼された松尾が過去を回想する形で進んでいくのだが、主人公は“松戸諭”という、仲野太賀が演じる男となっている。

 大阪で暮らしていた松戸は、2000年に俳優を目指して上京。モデルになるため上京していた友人の杉田(大東駿介)のアパートで暮らしながら、柄本明が所属する劇団東京乾電池のオーディションを受けるが、残念ながら不合格となる。

 しかし、自動販売機の下に落ちていた旅客機のチケットを“拾った”ことをきっかけに知り合った山村ひろ子(薬師丸ひろ子)に“拾われて”彼女が社長を務める芸能事務所に所属することとなる。

 自伝的エッセイを原作としているため、劇中には、松尾諭が出演した『電車男』(フジテレビ系)や『SP 警視庁警備部警護課第四係』(同)といったドラマや、映画『シン・ゴジラ』にまつわるエピソードが登場する。

 また、劇団東京乾電池のオーディション場面では、俳優の柄本明やベンガルが本人役で登場。かつて松尾が運転手をしていた井川遥も、本人役で登場している。

 だが一方で、主人公の名前は松尾諭ではなく松戸諭であり、彼がアルバイトをしていた渋谷にある大型レンタルビデオショップはTSUTAYAではなくTATSUYAとなっている。

 その意味で、どこまでがフィクションで、どこまでがリアルなんだかわからない不思議な手触りのドラマなのだが、これは全話の演出を担当した井上剛ならではの距離感だ。

 連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あまちゃん』(NHK)や大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(同)のチーフ演出として知られる井上が演出を務めたドラマは、綿密な取材を元に構築された圧倒的なリアリティがあるのだが、同時にどこか浮世離れしたファンタジックな浮遊感が存在する。

 そのテイストは『拾われた男』でも健在で、航空券を拾ったことで俳優になった松尾諭の“嘘のような本当の話”に説得力を与えている。

 一方で本作は、2000年代を舞台にした優れた青春ドラマでもある。オーディションで小さな役を獲得し、松戸が少しずつ脇役俳優として芽を出していく一方、同じように東京でモデルや映画監督を目指していた仲間たちは夢に敗れ、一人また一人と去っていく。また、松戸は惚れっぽく、しょっちゅう女の子に片思いしては振られてしまう。そんな青春時代の出会いと別れが、とても切ない形で描かれている。

 第7話から舞台はアメリカに変わり、家族というテーマも大きくなる。

 2015年。松戸は結婚し、父親となっていた。俳優の仕事も軌道に乗り始めていたが、ある日、15年前にアメリカに渡り音信不通となっていた兄の武志(草彅剛)が脳卒中で入院しているという連絡が入る。武志はもう一人の主人公と言える存在だが、兄との再会は松戸に何をもたらすのか?

 本作を見ていると、仕事や恋愛がうまくいくかどうかはタイミングだと実感する。そして、夢が叶うかどうかも、ナレーションで語られるように「運と縁に導かれていく」要素がとても大きい。それを本作では「拾う」「拾われる」という行為で表現している。

 このあたりは、アイドルを目指して上京する少女を主人公にした『あまちゃん』にも通じる人生観だ。

 本作の脚本は映画『百円の恋』で注目された足立紳が担当している。足立は来年(2023年下半期)放送される朝ドラ『ブギウギ』の脚本を担当することが決まっている。

 そんな足立と『あまちゃん』の井上が作品を手がけているためか『拾われた男』は『あまちゃん』の男版、より噛み砕いて言うと「男性を主人公にした朝ドラ」のようなドラマとなっている。

 物語冒頭、松尾は2017年の朝ドラ『ひよっこ』でバスの車掌を演じており、『ひよっこ』で主演を務めた有村架純が本人役で登場する。松尾が自伝を書くと聞いた有村は「すご~い! 朝ドラみたい」と言うのだが、おそらくドラマスタッフは「朝ドラ」を意識して本作を作ったのだろう。

 窪田正孝が主演を務めた『エール』や、来年放送される神木隆之介主演の『らんまん』など、男性を主人公にした朝ドラは近年増えつつある。しかし、どちらの作品も過去の偉人を主人公にした伝記的な物語だ。

 対して『拾われた男』は、2000~2010年代という近過去の現代を舞台にした作品であり、特別なことを成し遂げた偉人の話としては描かれていない。俳優であることを除けば、松戸はどこにでもいる平凡な男であり、彼が抱える仕事や恋愛についての悩みは、誰もが直面する普遍的な出来事として描かれている。平凡な男の半生を朝ドラのような物語として描いたことこそ、本作最大の功績だ。

 松戸諭のような男が主人公の朝ドラが、いつか作られることを願っている。