サッカー日本代表、なぜ大卒選手が急増?最多だった98年メンバーとは異なる事情

 サッカーワールドカップ・カタール大会に臨む26人のメンバーが発表された。これまで再三議論の的となったFW大迫勇也はメンバー外となったものの、その顔ぶれは最終予選からそれほど変わることなく、波乱もない選考となった。

 トピックを挙げるとすれば、GK川島永嗣とDF長友佑都が4大会連続のメンバー入りを果たしたことだ。これは日本サッカー界において史上初の記録であり、たとえば元ブラジル代表のカフーやロナウドといった選手たちも4大会連続出場を果たしていることからも、偉大な記録であることがわかるだろう。

フランス大会以来の大学出身選手の多さ

 日本代表自体は、1998年に初出場を果たしてから途切れることなく7大会連続での出場となる。これまでのメンバー編成を改めて振り返ってみると、興味深い事実が判明した。

 まず、メンバーにおける大学出身者の割合である。具体的に見てみると、1998年大会から11人→3人(2002年)→2人(06年)→3人(10年)→2人(14年)→3人(18年)→9人(22年)となっている。

 なんと、初出場時はメンバーの半数が大学出身者で占められていたのである。その中には、名波浩や相馬直樹、中山雅史といった高校時代から全国大会で活躍し、名の知られた選手も含まれている。彼らが高校生だった頃はJリーグも存在しなかったため、高卒後にプロ入りという選択肢がなかったことが、主な理由として推察される。

 逆に、高卒後にプロ入りしたメンバーを列挙すると、中田英寿(韮崎高校→1995年平塚入団)、川口能活(清水商業高校→94年横浜入団)、城彰二(鹿児島実業高校→94年市原入団)、小野伸二(清水商業高校→98年浦和入団)と、高校時代にJリーグが産声をあげていた世代が揃っている。98年当時のメンバーを振り返ると、日本サッカー界の過渡期であったという見方ができるのだ。

 一方、今大会に臨むメンバーは9人が大学出身者である。これは98年の11人に次ぐ数字だ。ただし、その内訳を見ると、98年当時とは事情がかなり異なっていることがわかる。

 たとえば、伊東純也(逗葉高校→神奈川大学)や山根視来(ウィザス高校→桐蔭横浜大学)といった選手たちは、高校時代に目立った成績を残していない。当時は全国区の知名度はなかったものの、大学で力を伸ばしてプロ入りしたケースだ。また、相馬勇紀(三菱養和→早稲田大学)はいわゆる街クラブと呼ばれるチームで高校時代を過ごしているし、三笘薫(川崎ユース→筑波大学)はJリーグチームの下部組織出身である。Jリーグがすっかり身近な存在となっている世代が、より自身を成長させるために大学への進学を選び、花開いたケースだといえるだろう。

日本サッカーが世界基準に近づいている事実

 もう一つ興味深いデータとして、ユース(Jリーグの下部組織)出身の選手が占める割合も増加している。大学出身者と同様、具体的に見てみると、0人(98年)→5人(2002年)→5人(06年)→4人(10年)→9人(14年)→10人(18年)→13人(22年)となっている。欧米では学生サッカーという文化はあまり一般的ではなく、現在活躍する選手のほぼ全員がプロチームの下部組織で育っている。そのため、日本代表でも下部組織出身の選手が過半数を占めている事実は、日本が世界基準に近づいていることを物語っている。

 とはいえ、高校サッカーや大学サッカーで成長し、プロ入りするという道は、日本サッカー独自の文化とも捉えられる。下部組織で育つチャンスがあればそちらで実力を磨くのも良いし、その機会に恵まれなかったとしても挽回するチャンスがあるのが、「日本流」の選手育成だといえる。

 今回のワールドカップに臨むメンバーの内訳からは、世界基準に近づいたという見方もできるし、日本が培ってきた選手育成の文化の賜物だということもできる。

 子どもの進路を考え始める年代に差し掛かってきているビジネスパーソンにとっては、自身の子どもが夢の舞台に立つ道が複数あるという考え方もできるだろう。どの道を選んだとしても、夢は成就するかもしれない。そのような観点で今回のワールドカップを楽しんでみるのはいかがだろうか。