放送開始から35年を迎えた討論番組『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)。同番組の司会をスタート当初から務めるのが、ジャーナリストの田原総一朗氏だ。4月15日に88歳の誕生日を迎えた田原氏は現在もジャーナリズムの第一線で活躍しているが、最近はネット上で以下のような辛辣な声も散見される。
「もう田原さんは番組を辞めた方がいい。人の話を理解してないし、滑舌が悪く言ってることも聞き取れない。荻上チキさんとか、ちゃんと問題を切り分けられる人を希望する」
「田原さんの滑舌も寂しいかぎりになってきましたし。昔はもっと切れ味あったんですけどねぇ。映画監督の大島渚さんとか出てた時あたりですね」
「朝まで生テレビは本当に年々酷くなってる。田原に識者の意見を理解する力がもはや無く、有益な議論に発展することが無い」
田原氏の率直な物言いや、各論客との丁々発止のやり取りは『朝生』の醍醐味のひとつであることは間違いない。しかし、人の話を遮ったり、いきなり一人でヒートアップしたりすることも多く、最近では国際政治学者の三浦瑠麗氏に「田原さん、最後まで話を聞いてください」とたしなめられる場面もあった。
「もはや人間・田原総一朗を見届けるドキュメンタリーだと思えば貴重な番組ですが、最近は、やはり“滑舌”の問題が気になってしまいます」(テレビ業界関係者)
進行役の発言が聞き取れない?
3月18日深夜の放送回のテーマは「激論!ウクライナ侵攻 ド~なる?!世界 ド~する?!日本」だった。この討論中、田原氏の発言で聞き取れなかった部分(@@@)を書き出してみよう。
「バイデンと習近平の会談が行われて、そのうちにきっと@@@が入ってくると思う。そこで@@@さんなんですよね」
「@@@は、情報を取るべく金を@@@して世に@@@けれども、何、@@@は気が緩んでるの? @@@がたるんでるの?」
「ウクライナあるいはウクライナの@@@と、ロシアの間に停戦協定が何度か行われて……」
「そんな@@@って言ったってプーチン答えないよね?」
「はっきりいえば松川さんは中国は@@@反対なんだ。松川さんは@@@すみません! 松川さんの気持ちを僕が慮って言うと、中国はこれを仲裁することで台湾攻撃を有利にしようと思ってるんじゃないかと思ってるんでしょ?」
「廣瀬さん、どう、そのへん? まったくプーチンは、大統領の資格がないと。@@@って@@@っているんだけど」
もちろん、視聴者の中にはしっかり聞き取れた人もいるであろうし、前後の文脈で何となく言いたいことがわかる部分もあるが、討論番組の進行役としてはいかがなものだろうか。
また、田原氏は白熱している議論を意図的に止めることも多い。
「たとえば、意味がわからないカタカナ言葉が出てきたときなどです。3月18日深夜のオンエアでは、自民党の参議院議員・松川るい氏が『中国が仲裁をするということについては、私は多少リザベーションがあるんですね』と主張すると、田原氏は『えっ、どういうこと?』とリザベーションの意味を確認。松川氏は『あっ、いえごめんなさい、あんまりいいことじゃないと思ってます』と言い直していました。『リザベーション』は、ホテルなどの予約や留保の意味がありますが、議論の中でパッと出てきたために意味がわかりづらかったのでしょう。あるいは、自分はわかっていたものの、視聴者のために言い直させたのかもしれません」(同)
「老害と言われても…」
1987年、お色気路線やバラエティに傾いていた深夜帯にジャーナリズムの精神を掲げて始まった『朝生』は、テレビ界に風穴を開けた。現在の放送時間は3時間だが、かつては深夜1時から朝6時までという5時間の生討論が展開されていた。
取り扱われる議題は、天皇制、部落問題、原発、朝鮮問題、日本の右翼など多岐に渡り、しかも毎回ワンテーマで話し合われている。あらゆるタブーに切り込むだけでなく、激論を戦わせる論客も多彩だった。大島渚、野坂昭如、西部邁、渡部昇一、黒川紀章、和田勉、小田実、中島らも……。今は鬼籍に入っている方も少なくない。
そんな猛者たちを一手に引き受ける田原氏もまた、強烈な個性の持ち主だった。
「異様なほど長時間の議論を重ねていくごとに本音があらわになっていく『朝生』は、かつてテレビ東京でドキュメンタリーのディレクターをしていた田原氏なしでは成功しなかったといえるでしょう」(同)
そんな田原氏は84歳のとき、「POPEYE」(マガジンハウス)2018年4月号に寄せたコラムの中で、五木寛之の『孤独のすすめ 人生後半の生き方』(中公新書ラクレ)の一文を引用しながら、私見を述べている。
その一文とは、「若者が集まるコーヒー店に高齢者が足を踏み入れると、すーっと空気が冷める気配になる。いわば『嫌老感』が広がり始めているのかもしれない」というものだ。
これを前振りにした後、田原氏は「それを強く感じている。五木さんの本を読んで、私の頑張りは、若い世代にとっては、もしかすると、老害ではないか、と思えてきたのである。だが、私は戦争を知る最後の世代として、戦争に向かうことだけは、そこだけは絶対に反対し続けたい。それが老害と言われても頑張り続けたい」と宣言している。
4月15日、88歳になったことを報告したツイッターでも、田原氏は「こんなに長く生きると思わなかった」「もらった時間を、日本を戦争させない国にする、言論の自由を守る、その為に使いたい」と改めて決意表明し、最後に「これからも宜しくお願い致します」と呼びかけている。
『朝生』の企画立ち上げ段階から携わっている田原氏。彼が辞めるときは番組も終わるときだと思われるが、それはいったいいつになるのだろうか。
(文=Business Journal編集部)