『ミステリと言う勿れ』菅田将暉の久能整はアリでも国民的ドラマ化は難しいワケ

 これほど月9ドラマがフィーチャーされたのは2017年の『コード・ブルー ~ドクターヘリ緊急救命~』、あるいは2014年の『HERO』までさかのぼった方がいいかもしれない。「TVer」の再生数が歴代最高の数字を叩き出すほか、ネット上に称賛が飛び交うなど、視聴率以上の大きな支持を集めている『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)。

 1月の開始当初は、原作漫画のファンたちから「菅田将暉が整くんのイメージと違う」「のほほんとした感じがなくキツい性格に見える」などの否定的な声が目立っていたが、放送が進むにつれてそれらを吹き飛ばしてしまった。

 もともと数字上では「人気漫画でも読者数はドラマ視聴者の10分の1程度にすぎない」と言われるだけに、「同作を初めて知って引きつけられている人が多い」ということだろう。

 これほどの支持を集めている理由は、すでに多くの記事に書かれているように、久能整(菅田将暉)の放つ持論の数々であり、これは揺るぎようのないところ。事件に関係のないことまでひたすらしゃべり続け、聞く人々の心をほぐすようなシーンもあるのだから、「こんな主人公見たことがない」と魅了されるのは当然かもしれない。

菅田が演じるとオシャレアフロに

 ただそれでも菅田が演じることで、原作漫画とは異なる主人公像になっているのも確かだ。

 たとえば、第1話で藪鑑造(遠藤憲一)、第7話で下戸陸太(岡山天音)を問い詰めるようなシーンは、菅田が演じるからこその強さや鋭さが表れ、原作漫画のムードからは明らかに離れていた。もちろんだから「悪い」ということではなく、ドラマの制作サイドが「そちら側を選んだ」ということにすぎず、好き嫌いが分かれるというだけだろう。

 また、「友だちも恋人もいない」「親のすねかじりの大学生」などの“持たざる者”という人物設定は、人気があり、センスを称えられ、人間関係の活発な菅田にはフィットしづらい。菅田の演技力は申し分ないからこそ、アーティスト活動も含め、「カッコイイ人気者」という強烈なパブリックイメージがこういう役柄を演じるときに邪魔をしてしまう。

 たとえば、「天然アフロヘアーにコンプレックスを持つ」という設定も、「菅田将暉がやるとオシャレに見える」という声があがっているし、「自毛を伸ばして役作りしている」と聞けばなおのことだろう。引いては、「だから風呂光聖子(伊藤沙莉)に好意を持たれる」というドラマ版の設定が生まれてしまうのかもしれない。

 とはいえ、前述したように視聴者の大半は原作を読んでいない人々だけに、菅田が演じる久能整がオシャレなキャラクターに見えても問題はないはずだ。

久能整と美しすぎる映像の相性

 そもそも、これほどの原作なら、よほどの改悪をしない限り、どのドラマ班が映像化しても、ヒット作になったのは間違いない。その点、フジテレビの月9は映像化にこぎつけたこと自体が最も称えられるべきところにも見える。

 さらに、幅広い年代に訴求できる菅田での映像化を提案し、多忙なスケジュールとコロナ禍を縫って放送にこぎつけたこと、ヒロインに伊藤沙莉を据えて風呂光聖子の成長物語を加え、見応えを増したところも評価されるところだろう。

 その一方で、整が長々と持論を語るシーンを中心に、「見づらい」「聞きづらい」という見方があるのも事実だ。当作を手がけるチーフ演出の松山博昭は、スタイリッシュ、ファンタジックな映像美で知られる名監督。当作でも、「物語を追うドラマ」という魅力だけでなく、映像作品集のように楽しめるほどのクオリティを感じさせる。

 ただ『ミステリと言う勿れ』は、整の持論を聞かせるべき作品だけに、必ずしも松山監督の映像美と相性がいいとは言えない。たとえば、「整がしゃべっているのにキラキラとした映像が強調されていて、そちらが気になってしまう」「いろいろな音楽が流れて言葉に集中しづらい」などの声がネット上に見られる。

 つまり、「映像のカッコよさが過剰」「音楽のクセが強すぎる」と感じてしまう人がいるということだろう。「より整の言葉をじっくり聞いて感動したい」という人にとっては、「もう少しあっさりした演出にしてくれたら見やすいのに」という心境なのではないか。

1話完結と2話完結を混在した理由

 3月7日放送の第9話を含めて、ここまで主に“1話完結”のエピソードが3本、“2話完結”のエピソードが3本放送されている。

 こういう混在型の構成は、「持ち越すのはやめてほしい」「モヤモヤしてスッキリしない」などと批判されがちだが、当作に関してはそんな声は思いのほか少ない。実際、2月28日放送の第8話では、アイビーハウスで起きた事件の前編が描かれたが、結末を持ち越したことに不満の声は少なく、おおむね好評の声で埋め尽くされていた。

 それは2話完結のエピソードが1話完結のそれと同等以上におもしろいからだろう。そもそも1話完結と2話完結を混在させているのは、「できるだけ原作漫画を忠実に」という姿勢によるものであり、それに気づいている人が多いことも批判を受けにくい理由の1つだ。

 しかし、記憶を失った爆弾犯、クイズ形式の問いかけ、『自省録』の暗号、炎の天使、絵に描かれた花言葉など、リアリティ度外視の事件設定や解決への展開は、いかにも漫画原作の事件モノらしいもので好き嫌いが分かれやすい。漫画好きや若年層を取り込む入口としてはスムーズな一方で、没入できない人がいるタイプの物語なのだ。

 さらに1~2話完結の事件モノは、「いい作品」「好きな作品」になり得ても、「長きにわたって心に残る作品にはなりづらい」という難点がある。実際、過去をさかのぼっても、1~2話完結の事件モノで「誰もが知る国民的名作」として挙げられるドラマは少ない。

 たとえば、『古畑任三郎』『HERO』(ともにフジテレビ系)は間違いなく「いい作品」「好きな作品」として挙げられるが、作品集のようなニュアンスがあり、「誰もがエピソードを語り合って盛り上がれる作品」とは言いづらいところがある。

ミステリと言う勿れ』は、そんな殻を破って国民的な名作となれるのか。たとえば、原作者の田村由美が連ドラ向けに、1クールまるごと放送できる長編ミステリー風のロングエピソードを書いてくれたら、その可能性は高まるのかもしれない。

(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。