横領・雲隠れ、新庄剛志のスキャンダル史…取材記者が見たBIG BOSS復活の裏側

 北海道日本ハムファイターズの新監督に就任した新庄剛志氏が球界の話題を席巻している。11月4日の記者会見ではワインレッドのド派手なスーツで登場し、「監督と呼ばないで、ビッグボスでお願いします」と語りメディアで大々的に取り上げられた。

「会見で新庄新監督は『優勝を目指さない』などの型破りな発言を連発し記者を驚かせました。引退後は野球界とも距離を置いていたので、日ハム新監督就任はまさにサプライズでした。新庄監督はツイッターで『僕が描いてる野球は3対4の野球。投手に0点で抑えろじゃなく、3点取られていいよ その代わり野手が4点取るから!』とその目指す野球スタイルを明かしています」(スポーツ紙記者)

 まさに現役時代を彷彿させるエンタティナーぶりで日本シリーズ前の球界の話題を独占した新庄監督。本稿では彼の知られざる過去について振り返ってみたい。

 じつは筆者は「週刊文春」時代に新庄氏にまつわる記事を多く執筆してきた。最初に彼の周辺を取材するきっかけになったのが「新庄剛志が離婚を決意した!-独占スクープ」(「週刊文春」2007年6月7日号)という記事だった。2006年シーズンをもってユニフォームを脱いだ新庄氏は、時を置かずして妻の大河内志保に離婚を切り出していた。

 親族によると大河内は新庄にとって初めて本気で好きになった女性だったという。二人は2000年に結婚。大河内は結婚により芸能活動を休止し、新庄氏がメジャー挑戦した際は共に渡米しサポートするなど仲睦まじい夫婦として知られていた。離婚情報は新庄氏の周辺から事情を聞き、親族に裏取りをして執筆し記事にした一本だった。

 報道時は離婚を認めなかった新庄氏だが、07年12月末に突如離婚を発表した。12月末というメディアが動きづらいタイミングで重要事項を発表するという手法は、当時かなり新しかった。年末年始の休みに入るタイミングは、記者がもっとも動きづらい時期である。ゆえにメディアで騒ぎになりにくいため、有名人にとっては過熱報道を避けることができるというメリットがある。その後も多くのタレントが同手法を使って重要発表を行うようになったが、その先鞭をつけたのが新庄氏の離婚発表ではなかったかと思っている。

 その後も「新庄元夫人を直撃、離婚スクープ記事にありがとう」(「週刊文春」08年1月17日号)、「離婚一カ月、新庄『誕生日パーティ』で新恋人発見!」(「週刊文春」08年2月14号)などの記事にも関わるなど、筆者はスター選手のその後を追い続けることになった。

横領問題

 引退してから5年あまり経った11年、一本の電話がかかってきた。

「じつは新庄くんはお金に困っているんだよ」

 ネタ元はこう語り、問題の概要を語り始めた。新庄氏は野球選手として阪神に入団したときから親族に資産管理を任せていた。ベルサーチの服を着、高級車を乗り回す生活スタイルを好んだものの、新庄氏自身はお金には無頓着な性格だった。ゆえに企業経営をしていた裕福な親族が、彼のすべての収入を管理するようになっていた。

 ネタ元はこう語った。

「会社経営をしサウナ付きの豪邸に住むお金持ちだった親族だけど、やがて会社の経営が傾き始めた。金策に困った親族は、こっそり新庄が野球選手として稼いだ巨額の金を使い込むようになったんだ。横領が発覚したのが離婚時だった。大河内に十二分な慰謝料を払おうと新庄は考えた。ところが蓋を開けたら、彼の資産はスッカラカンだったことに気づいたんだ。この横領問題は裁判になっているから調べてごらん」

 筆者は裁判資料などを確認に走り関係各所に取材を重ね、裏取りをした。そして「新庄剛志-<バリ島雲隠れ>のカゲに『4億円骨肉訴訟』」(「週刊文春」11年12月1日号)という記事を書いた。新庄は横領した親族を信じ切っていたが故に、プロ野球選手として稼いだ億単位の金を使い込まれてしまった。取材では、新庄氏が「僕は親族を犯罪者にしたくない」と語り、苦渋のなか横領問題と向き合あっていた様を聞くことになった。

 自らの資産が横領されていた問題について、新庄氏は18年にテレビ番組などで告白をし、その総額は20億円にも達していたと語った。裁判で争われた4億円以外にも、さらに多額の不正があったことを明かしたのだ。

「Smart FLASH」(18年9月14日配信)のインタビューではこう語っている。

「(現役時代に)50億円稼いだ、税金払って20億円ある、芸能界引退した、バリに住もう。それで信頼して20億円を管理してもらっている人に『これからは自分で管理するので、お金を返して』って。それで、蓋開けてみたら2200万円しかなかったらどうする?」

 新庄氏は引退後、バリ島に移住した。そこで絵を描いたりモトクロスを楽しむといった隠遁生活のようなライフスタイルを好んだ。20億という横領金額は、おそらく新庄氏の引退後のライフプランを崩すものだったはずだ。日本でタレントや野球解説者として活躍するという選択肢もあるなか、彼がバリでの“隠遁生活”を選んだのは、横領問題があり「日本の生活に嫌気が差したから」(前出・スポーツ紙記者)ではないかとも囁かれた。

 年に数回来日しては、テレビ出演やCM撮影で一稼ぎして、物価の安いバリで悠々自適の生活を送る。かつて「オレ、一銭もなくても生きていける」と新庄氏は語っていたことがあった。この言葉をなぞるかのように、引退してからの彼はまさにどん底からの再出発を余儀なくされたのだ。スター選手として華々しく引退してからの15年は、新庄氏にとっては“暗黒期”だったといえるだろう。

 離婚や横領といったスキャンダル記事を書かれることは、おそらく本人にとっては嫌なことだったはずだ。筆者は記者として知り得た「事実」は書くというタスクを実行せざるを得なかったために様々な記事を書いたが、取材のなかで常々感じていたのは新庄氏の「人柄の好さ」だった。元妻に多額の慰謝料を払おうとした話、親族を「犯罪者にしたくない」と悩む様から、人間味を感じることが多かったのだ。横領については民事訴訟にはなったものの、本来であれば刑事事件になっておかしくない話だった。だが、筆者が知る限り新庄が親族を刑事告発したという話は聞こえてこなかった。

 人を恨まず前向きに等身大の人生を生きる、という姿勢が新庄のバリ生活には感じられた。そして過去を明るく笑い飛ばすところに、彼の人間的度量が表れていた。どのようなときもポジティブさを失わない姿勢が、現役時代と変わらないオーラを纏い日ハム監督として球界復帰を果たせた大きな要因になっているように思う。

新庄劇場の再来

 15年の暗黒期を乗り越えて、日ハム新監督に就任した新庄氏。彼には果たすべきある役割があるのだ、という。

「新庄氏は04年、メジャーから日ハムで日本球界に復帰しました。マスクを被るなどのパフォーマンスで話題をさらい『新庄劇場』と呼ばれ人気を博し、野球でも大活躍をし、のちに日ハムを日本一にまで押し上げたのです。同年から北海道に移転した日ハムの観客動員に新庄氏は大いに貢献したのです。今回の監督就任も、日ハムの球場移転が背景にあるといわれています。日ハムは高い賃料問題もあり、現在の札幌ドームから23年に新球場エスコンフィールド北海道への移転が決まっています。新球場は札幌市内からやや遠い郊外の北広島市に位置するため集客に不安がある。そこで新庄新監督で話題をさらい、新球場への集客につなげようと日ハムフロントは考えているといわれています。北海道移転時の新庄劇場の再来を、というわけです」(スポーツライター)

 新監督就任会見で、日ハムの畑佳秀オーナーは「このような重要な時期にチームを任せられるのは、ファイターズの北海道の初年度からの歩みをご存じで、そして北海道で初めて日本一、この偉業を成し遂げ、その功績者、立て役者であった新庄監督が最もふさわしいと考え決断した次第でございます。北海道はもとより、プロ野球界、日本のスポーツ界に新しい風が吹き荒れると期待しております」と語っている。

 同会見で新庄氏はこう語っている。

「引退して野球を見ることはほとんどなかったですね。いい意味でも悪い意味でも、向こう(バリ)にいて時代をわかっていないんで、新庄剛志らしくどんどんどんどん、時代の怖さなんか関係なく、突き進んでいけたらいいなと思っています」

 スキャンダルを乗り越えた人間は強い。15年の雌伏の時を経て復活した「新・新庄劇場」に期待したい。

(文=赤石晋一郎/ジャーナリスト)                                  

●赤石晋一郎/ジャーナリスト

南アフリカ・ヨハネスブルグ出身。講談社「FRIDAY」、文藝春秋「週刊文春」記者を経て、ジャーナリストとして独立。

日韓関係、人物ルポ、政治・事件など幅広い分野の記事執筆を行う。著書に「韓国人韓国を叱る 日韓歴史問題の新証言者たち」(小学館新書)、4月9日発売「完落ち 警視庁捜査一課『取調室』秘録」(文藝春秋)など。

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