5日、小倉競馬場で開催された夏の2歳重賞・小倉2歳S(G3)は、浜中俊騎手が騎乗した4番人気ナムラクレア(牝2、栗東・長谷川浩大厩舎)が優勝。前走のフェニックス賞に続く連勝で夏の小倉2歳チャンプに輝いた。
10頭立ての少頭数で行われた芝1200mのレース。好スタートを決めたナムラクレアだが、浜中騎手は先行策だった過去2戦より一つ後ろのポジションを選択した。
最終コーナーを回って先行争いをした馬の脚が鈍る中、大外に持ち出されたナムラクレアの末脚は際立った。上がり3ハロン最速で前の馬を豪快に差し切ると、2着馬に2馬身の差をつけてゴール板を駆け抜けた。
「今朝乗り替わりを知りまして、色々な情報を聞いてこの馬の持ち味を少しでも発揮できればと思いましたが、馬が強かったです。結果を出せてホッとしています」
レース後、浜中騎手がそう振り返ったように、当初、ナムラクレアの鞍上には和田竜二騎手が予定されていた。同騎手が前日の札幌2歳S(G3)で、騎乗馬が放馬した際に負傷したため、乗り替わりでつかんだチャンスだった。
2007年にデビューした同騎手は、順調に勝ち星を増やしていった6年目の12年に全国リーディングを獲得。同年のG1勝利はなくとも史上4位タイ、24歳の若さで手にした勲章だ。
見事な殊勲星を挙げたとはいえ、かつて甘いマスクに「ポスト武豊」と言われていた実力派にしては、小倉2歳Sが今年の重賞初勝利だったことは少々意外である。
ただ、今回の代打騎乗による勝利は、現状打破に大きな意味を持つかもしれない。
浜中騎手が主戦を任されていたのが、ナムラクレアの父であるミッキーアイル。同馬が現役時代にG1・2勝を挙げた名コンビではあるものの、16年のマイルCS(G1)の騎乗ぶりが発端となる浜中騎手の舌禍を招いたほろ苦い過去がある。
3番人気に支持されたこのレースで、浜中騎手とミッキーアイルは逃げ切り勝ちを飾ったが、最後の直線半ばで外側へ大きく斜行。これにより、ミッキーアイルを追うネオリアリズムの後ろにいたサトノアラジン、ディサイファ、ダノンシャークの3頭が大きな不利を被った。どの馬も手応えよく上がってきた勝負所での不利は、あまりにも勿体ないものだった。
特にサトノアラジンとダノンシャークに挟まれる形となったディサイファは、鞍上の武豊騎手が急ブレーキを踏まされるほどの不運。落馬寸前の不利に武豊騎手は「後味が悪いレース」と酷評した。
そして、この一件は当事者となってしまった浜中騎手の精神面にも、暗い影を落とすこととなった。
翌年のフィリーズレビュー(G2)で、1番人気のレーヌミノルに騎乗した浜中騎手。最後の直線入り口で一気に先頭へ躍り出るが、ここから急激に内側へ斜行してしまう。先頭争いをしていた馬の進路を遮るような動きで内ラチまで移動すると、そのままラチを頼りに粘り込みを図ったが、最後の最後でカラクレナイに差されて2着に敗れた。
一部のファンから「また浜中か」といった怨嗟の声も聞かれた失態に浜中騎手は騎乗停止。その後のメディア対応では「もういいでしょ」と言ってしまうほど、精神的にも追い詰められた。当時は、「騎手を辞めたいです」と相談したことを『netkeiba.com』で連載のコラム「with 佑」内で吐露している。
しかし、あれから4年の月日が経ち、ミッキーアイル産駒のナムラクレアで手にした代打での重賞勝利。再浮上を懸ける浜中騎手にとって、復活に繋がる非常に大きな1勝だったに違いない。
(文=高城陽)
<著者プロフィール>
大手新聞社勤務を経て、競馬雑誌に寄稿するなどフリーで活動。縁あって編集部所属のライターに。週末だけを楽しみに生きている競馬優先主義。好きな馬は1992年の二冠馬ミホノブルボン。馬券は単複派で人気薄の逃げ馬から穴馬券を狙うのが好き。脚を余して負けるよりは直線で「そのまま!」と叫びたい。