8月17日に雨上がり決死隊の解散が発表されてから、宮迫博之へのバッシングが止まらない。メディアの“宮迫叩き”が過熱する背景を探ってみたい。
まず、「Smart FLASH」は19日に『「雨上がり」解散特番で「蛍原が宮迫をまったく見ない」と話題に…実際に見た回数を数えてみた』という記事を公開し、17日にABEMAと吉本興業の公式YouTubeチャンネルで配信された『アメトーーク特別編 雨上がり決死隊 解散報告会』での蛍原徹の視線について掘り下げていた。
20日には、「東洋経済オンライン」で作家・ライター、お笑い評論家のラリー遠田氏による『宮迫博之「解散報告会」で見せた3つの大きなズレ 相方・芸人仲間達との関係はもはや修復不可能』という記事が公開された。
さらに、「東スポWeb」では21日に『宮迫博之またやった! 自身の活動休止と仁鶴さん訃報モロかぶり「知らないわけない」』という記事を公開。宮迫は20日にYouTube動画の配信休止を発表したが、その数時間前に吉本にとって最大の功労者である笑福亭仁鶴さんの訃報が流れていたため、タイミングを疑問視する内容だ。
同日に「女子SPA!」が公開したのが、筆跡アナリストで心理カウンセラーの関由佳氏による『雨上がり決死隊、署名の筆跡からも蛍原の解散への強い覚悟が』という記事だ。『解散報告会』の最後に宮迫と蛍原が1枚の色紙に記した直筆の筆跡から、蛍原の解散への強い覚悟を分析している。
ネット上でも宮迫に対して批判的な意見が多く、一方で蛍原には“同情票”が集まっている状況だ。
解散発表で露呈した蛍原への違和感
『解散報告会』で蛍原は、解散の経緯について「宮迫さんがYouTubeを始めたあたりから個人個人の価値観なり方向性なりがあるもので、やっぱりどうも大きくなってきたような気がします。どうも僕は複雑な気持ちが続いてました」と語っている。
続けて、「コンビなんで、すべてお互い様で、僕の価値観が合ってるとか、宮迫さんの価値観が間違っているとかではない」としながらも「(宮迫)個人でひとりでやってるならすごくそれは応援していた。相方の横に戻りたい、戻るためにということだったので、それなら僕だったらそうしないよというというズレはありました」と述べている。
ちなみに、蛍原は「僕の中では、宮迫さんもそう思っていると思っていたんですけど、反省した後は、おとなしくして、世間のみなさんの声が大丈夫かなと踏んだら、僕らは最初、舞台から出発しているので。吉本がダメなら自分たちで劇場を借りて、地道に行けたらと思っていた」とも語っている。
「つまり、蛍原の考えでは、極端に言えば世間の批判が収まるまでは何もせずにじっとしておけ、ということです。しかし、吉本から契約を解除され、テレビからも追い出された宮迫としては、何もしなかったらこのまま消えてしまうという焦りもあったのでしょう。そもそも、『解散報告会』で明らかにしていた気持ちのズレについて、宮迫に直接ぶつけたことはあったのでしょうか?“もう1回、舞台から地道に”という発言も、宮迫と違ってテレビに出続けている人間だからこそ言えた言葉のように聞こえてしまいます」(テレビ局関係者)
ちなみに、ケンドーコバヤシから「逆に蛍原さんは宮迫さんの動画は見られるんですか?」と聞かれた蛍原は「加藤浩次のやつは見たね」「宮迫さんのYouTubeに後輩の芸人さんがお世話になるとなったときも、 それも僕は正直、わざわざ報告いただいて、何か苦しいな、しんどいなと思ってました」と回顧している。
「意地悪な言い方をすれば、後輩とのコラボを苦々しく思いながらも、相方がYouTubeでどうがんばっているのかを確かめようともしていなかったわけです。もちろん、それは宮迫がYouTubeを始めた時点で価値観や方向性にズレを感じたからなのかもしれませんが……」(同)
19年にロンドンブーツ1号2号・田村亮と共に開いた記者会見で、宮迫は引退について「何度もそのことは考えました。僕は18の頃から30年間、この世界のことしかやってきていない。できることはこの世界で学んだことしかない」と語っており、YouTube動画の1本目でも同様のことを述べている。
「宮迫としては、現状で自分を生かせる場はYouTubeしかない、という結論に至ったのでしょう。一方、蛍原は上層部にかけ合ったり、何か打開策を導き出したり、復帰の道筋をつくろうとしていたのでしょうか? 宮迫は蛍原に対して『僕のために何度も頭を下げていた』と感謝していますが、具体的なアクションは最後まで見えませんでした。
かつて、極楽とんぼ・加藤浩次は相方の山本圭壱が吉本を契約解除され、世間からバッシングされても見捨てませんでした。一方、蛍原は『自分は宮迫がいないと何もできない』と言いながら、そういう部分は見受けられませんでした。世間的には蛍原の『1年半、毎日泣いていた』という言葉に同情が集まっていますが、どれぐらい愛情があったのかは疑問です」(同)
昨年放送された『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、FUJIWARA・藤本敏史から「(ネットニュースで)蛍原さんは、(宮迫さんが)YouTuberになることはあんまりよく思ってない、みたいな感じになってましたよ」と言われた蛍原は、「あぁそう。でもYouTuber自体は別に、やろうがやるまいが、全然な」と答えていた。
一時はYouTuberとしての活動も受け入れている様子の蛍原だったが、解散という決断に至るまでに、どんな心境の変化があったのだろうか。
大崎会長の“絶縁宣言”と加藤の契約解除
ここで、今年2月と3月のある出来事を挙げておきたい。
吉本への思いを繰り返し語っていた宮迫に対して、同社の大崎洋会長は、2月12日発売の「フライデー」(講談社)で「もう戻らんでええと思うで」「いちいちユーチューブでネタにすんな」「辞めてまで吉本のことネタにすんな」と突き放していた。
そして、吉本は3月末に加藤浩次とのエージェント契約を終了。加藤自身も驚いたことを隠さずに話題となった。
ちなみに、2月4日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で、ニューヨーク・屋敷裕政が「(いつもニコニコしている蛍原は)この世界の神様なんですか?」「ディーラーでもプレーヤーでもない、神様っていう位置……」と聞いた際、蛍原は「俺の場合は……宮迫がおって……」と相方の名前を出していた。
屋敷が「(宮迫が)一番プレーヤーしてましたもんね」と納得すると、蛍原も「そういうことよ。そこの横におった人で……言ったら。それが今おらんようになってるから、なんか、こんな神様みたいな感じに見えるだけ」「別に俺は、なんにもしてないから」と、宮迫の大切さを訴えていた。
しかし、このわずか2カ月後、蛍原は解散を切り出している。この間、彼に何があったのか、いつか語られる日が来るのだろうか?
(文=編集部)