遂に東京オリンピックが開催される。一部で既に競技が行われているが、23日の開会式後から本格的に数々の競技が行われる予定だ。
1年延期となった今回のオリンピックだが、延期の間にも様々な出来事が発生した。その中でも、特に競馬ファンにとって大きな話題となったのが擬人化競走馬育成シミュレーション『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)だろう。
ウマ娘が流行したことにより、ライト層の競馬ファンが増えた。それが、無観客開催などで盛り下がりつつあった競馬に火をつけることとなり、ファンの間でしか馴染みのなかった昔の名馬が広く知られるようになった。
東京オリンピックとウマ娘。一見、関係性が全くないように感じられるが、実はあるオリンピック関係者とウマ娘キャラは深い関係にある。
それは橋本聖子会長とマルゼンスキーだ。
橋本会長は、東京オリンピック運営などを統括する「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」の会長だ。東京オリンピックの成功の鍵を握る重要人物の一人と言える。
対するマルゼンスキーは、70年代に活躍した競走馬だ。無類の強さから「スーパーカー」の名で知られた。ウマ娘では、配信初期から育成キャラとして登場している。
一方で、マルゼンスキーは「悲運の名馬」としても有名だ。当時の競馬は、外国産馬や海外で種付けされた持込馬に対してクラシック競走などへの出走制限を課していた。マルゼンスキーは、持込馬だったため日本ダービーなどの出走が叶わなかった。
加えて、脚部不安を常に抱えており故障が多かった。現役時代は、骨折による脚部不安などに見舞われレースへ出走する機会が少なかった。出走制限も相まってマルゼンスキーは無敗ながら生涯でわずか8戦しか出走していない。現在でこそ、これらの制約はなくなったものの、当時はまだまだ不遇な時代だった。
では、橋本会長とマルゼンスキーどのような関係があるのか。
実は実家が生産牧場なのだ。橋本会長の実家は父親が経営していた橋本牧場。そして、マルゼンスキーは橋本会長が10歳の時に橋本牧場で生産された馬だ。会長なんと、マルゼンスキー誕生の瞬間にも立ち会っていたという。
そして、橋本会長も幼少期から腎臓病などの病に悩まされていたように、マルゼンスキー同様、体調を崩すことが多かった。しかし、病と闘いながら92年アルベールビルオリンピック銅メダル獲得をはじめオリンピック7大会出場の大記録を達成。「オリンピックの申し子」と呼ばれた。
アスリート生活の晩年から参議院議員の活動も開始した橋本会長は、平成14年に「自民党競馬推進議連」事務局長に就任。後に会長となる訳だが、同議連での活動を通して地方競馬へナイター競馬の推進や海外競馬の馬券発売、競走馬の減価償却開始時期の見直しなどに尽力したことでも知られている。
現在は、オリンピック成功へ向け精力的に活動され競馬から離れている橋本会長だが、「競馬は世界最高のエンターテイメント」と日本馬主協会連合会のインタビューで語っている。
東京オリンピック・パラリンピックが大きな事件もなく無事に成功すれば、組織委員会の会長だった橋本会長の政治家としての手腕も評価されるのではないか。そうすれば、橋本会長が大事にしている「日本競馬」も自ずと取り巻く環境が変わるだろう。
(文=寺沢アリマ)
<著者プロフィール>
大手スポーツ新聞社勤務を経て、編集部所属のライターへ。サラ系・ばん馬のどちらも嗜む二刀流で「競馬界の大谷翔平」を目指すも収支はマイナス。好きな競走馬はホクショウマサル。目指すは馬券的中31連勝だが、自己ベストは6連勝と道は険しい…。