「良いスタートを切れて、揉まれないところを取って、良いペースで自分の競馬が出来ました。相手や展開によるところはありますが、湿った馬場が良さそうです」
11日に小倉競馬場で行われたプロキオンS(G3)で2着に入ったトップウイナー(牡5歳、栗東・鈴木孝志厩舎)の鞍上・和田竜二騎手はレース後、そう振り返った。
レースを制したのは9番人気のメイショウカズサ、そして3着には12番人気のメイショウウズマサが逃げ粘った。そして、メイショウ軍団2頭の間に割って入ったのが14番人気のトップウイナーだった。
和田竜騎手のコメント通り、好スタートを決めたトップウイナーは道中2番手を確保。抜群の手応えで4角を回ると、早々とメイショウウズマサを捕らえ、先頭に躍り出た。最後はメイショウカズサに交わされ、2馬身半突き放されたが、三連単194万4140円という大波乱の一端を担った。
単勝オッズ73.1倍という低評価だったトップウイナー。オッズ通り、多くのファンにとってノーマークの存在だったに違いない。それもそのはず、特に近3走は“さっぱり”だった。
「16着→競走中止→16着」という成績はトップウイナーを“消す”理由として十分だったと言っても異論はないだろう。ところが、実際はトップウイナーを“買う”要素も決して少なくなかった。
“後出し”となってしまうが、レース後に気付いた好データが2つある。1つ目は、トップウイナーがマイナス馬体重で出走した時の「2-1-1-1」というデータ。唯一の馬券圏外が、競走中止に終わった2走前のオアシスS(L)だった。つまり、マイナス体重で完走したレースでは100%馬券に絡んでいたことになる。トップウイナーはしっかり「-6kg」でレースを迎えていた。
2つ目は、前走から距離を短縮した時の「2-2-1-1」というデータ。これも、唯一の馬券圏外が地方・盛岡でのレースで、このときは4着だった。すなわち、中央で距離を短縮して臨んだレースでは複勝率100%をマークしていた。
もしレース前にこれらのデータに気付いていれば、評価を少しは上げていたかもしれない。そしてもう一つ、トップウイナーを後押しした“もの”がある。
それが鞍上を務めた和田竜騎手の好騎乗だ。
「和田竜騎手は、今月4日の小倉6Rで外側に斜行。これによって17日から25日まで9日間の騎乗停止処分を受けました。つまり、11日が処分前の最終日。本意ではないとしても、2週間の“夏休み”にはいい形で入りたかったという部分はあったと思います」(競馬誌ライター)
そして、その和田竜騎手を後押しした存在も……。それがトップウイナーの母父テイエムオペラオーだ。通算26戦14勝、G1を実に7勝をした平成の名馬である。
そんな名馬に引退するまでの全26戦で跨ったのが和田竜騎手だった。テイエムオペラオーの引退式で「オペラオーにはたくさんの物を貰ったが、あの馬には何も返せなかった。これからは一流の騎手になって、オペラオーに認められるようになりたい」と話したのは有名すぎるエピソード。
注目すべきは、そのテイエムオペラオーを母の父に持つ馬と和田竜騎手の相性の良さだ。プロキオンSを終えての通算成績は「3-9-3-20」で、回収率は単複ともに150%を超えている。高配当にありつくためにも、このデータはぜひ備忘録に残しておきたい。
プロキオンSで様々な“後押し”を受けたトップウイナー。その激走は必然だったのだろう。
(文=中川大河)
<著者プロフィール>
競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。